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 「芸術生物」というものを考え、発想したのである。従来の芸術作品は創られてきた歴史なので、そうではなく生まれてくる芸術、やってくる芸術、その概念、方法論、作品をここでは実験、研究しようとするものである。

 「芸術生物」と言った場合、ここでの芸術と生物の定義が必要になる。

 まず芸術の定義であるが、これは先人でもなかなか難しい事柄だったようなので、一筋縄ではいかないが、とりあえずここでの用語の注釈として定義しておきたい。マルセル・デュシャンがのべているように芸術は見る者によって芸術になるのではあるが、それだけでは芸術が何かファッションのようなもの、飽きられ、古めかしいものとなり、大衆から見捨てられて忘れられるものとしてのニュアンスが強くなって感じられるので、もっと、見るものに新しい衝撃を与え、内的な革新をいつも迫るものとしての芸術の意味合いを強調したい。経済も政治もそのようなものであれば芸術的と言われるのである。芸術的なデザインがあるように芸術的な政治経済や思想もありうるのである。 しかし芸術は政治経済とは違って何よりも「美」でなくてはならない。その範囲での話であるからである。だがここではその美だけでも片手落ちで、俗にいわれる「自然の美」「古典の美」とも異なるのである。それは人間への精神的な革新性の刺激力を帯びていなければならない。その帯びたものそのものが、美の霊とも言えるもので、これは芸術が物質を使かって物質を霊化する作業である事を暗示している。

 蛇足だが私がいつもマルセル・デュシャンを引き合いに出すのは、彼の呪縛が未だに現代芸術の作家を束縛しているから、ここでの実験が少しでもそこからの解放に結びつけばと思っているからである。

 そしてもう一つは生物の定義だが、これは学術的な事よりも一般的に考えられる「生き物」としての概要を考えてみたい。

 生物とは生殖し、増え、変化して、死ぬものである。個よりも種の持続をテーマとしている。個の生きるための執着が即、種の持続の原動力になっている。原生動物やウィルスのようなものが最小の生物の定義を表現していると思われるが、それは「自然の力で生まれて来て、変化し、増えて、死ぬ」と言う事である。

 ここではこの自然に生まれてくる事に特に注目したい。変化、増殖、死は芸術においてはすでにテーマとされ表現されているからである。「自然に私以外から生まれてくる革新性を持った美」である。

 しかしこれは偶然に生まれて来た作品という意味ではなく、偶然のように見えるけれども、そこに作品としての意味を帯びたものが出現するという事である。これは古めかしくいえば「啓示」や「神秘」とも言えるものであるが、特定の宗教とは何の関係もない。私はある意味、無宗教的であり、それは宗教以前の神秘を言っているのである。

 そこで結論であるが、「芸術生物」とは「生まれてくる美の霊」の事である

 

 

                               20120430 そらしま

 

 
  ABRL 芸術生物研究所 Art Biological Research Laboratory  

 

●このページの音楽仕様/音楽生物 [synchronix]

組曲「さくら201204」2012/04