ゆ め つ な み 6

昼寝さめの竹の窓 - 1

[ ダーク・マター ]

( ダーク・マターのための音楽 )

 
 

                                   題字/塩谷鵜平

 

     

 

 浦島は昼寝から醒め、ぼんやりと横になったソファーから古竹の格子で出来た窓を眺めていた。

 ステンドグラスのある壁は洋風ではなく明治時代風の和洋折衷なデザインで、ステンドグラスも和風な抽象的な柄が嵌め込まれていた。

 その隣りにあるソファーの上の、竹の格子の窓の外にも、ガラスがはめ殺しになっていたが、丁度、茶室風なコーナーに生えた孟宗竹の群生があり、さらさらと、音と光りを応接間の中へ通信してきていた。

 起きがけに喉が渇いていたので、前のテーブルにあったコップに入っていた白ワインを水と間違えて一気に飲んでしまった。

 「うぇ、ぺっ、ぺっ、なんだワインかよ。」そう言ってソファーから起きたものの、起きがけに飲んだ酒が後を引いて、それからはまたちびりちびりと飲む事となった。そこへ2時間ほどまえに招集をかけておいた「とりにわ」のメンバーが集まり出していた。真白素と真美は一番乗りで連れ添ってすでに来ていた。

 セツを失った「とりにわ」のメンバーは表面上は平静を装い、今日も先ほどから浦島邸に集まっていた。

 そこへ路子と船渡が飛び込んで来て「たっ,た,大変な事になった。」と言った。

 「なんだよ、フネ、血相を変えて、まぁ落ち着いて話せよ。」もう酒が入って落ち着き払った浦島が言い、

 「めずらしいですね、普段冷静な船渡さんにしては。」と真白素が低い声で続けた。

 「それがだね、車の中でみっちゃんとも話したんだけど、例のあの知り合いの科学者の事なんだ。今度はまたまた大変なものを発見してしまったらしいんだ。おそらくこれノーベル賞ものでしょう。素人から見てもそう思える大発見だと思うよ。」

 「ほぅ〜、またノーベル賞かい。それはお前の常套句だね、それで何だいその発見とは?」浦島が言って

 「それがね、シマ、お前、ダーク・マター(dark matter )て知ってるかい?」

 「さあ、何だいそのダーク・マターって。」

 「あのね、俺も知らなかったんだけどね、宇宙にはまだ発見されてない物質、ダーク・マターがある事が先端科学では予想されていて、何とその物質は宇宙で光学的に観測できる物質の約10倍もあって、光りも反射せず、知られている物質とも関わらずに通過してしまうので、光学的な観測は不可能らしいんだ。 例の原子爆弾の発火装置の遠隔コントロールを研究中に偶然発見したらしいんだが、まだ正式な実験装置もなく、データ作成はこれかららしいんだ。俺なんか素人だから教えてくれたんだけど、これは確実にノーベル賞だよ、いやそんな事よりももっと重大な革命を人類にもたらすものなんだ。これは霊界の発見といってもいいんじゃないのかなぁ。」

 「オカルトで言われているエーテルみたいな?」

 「そう、そのエーテルさ。アインシュタインの E-mc2 からエネルギーは質量と等価なので、光を放出する通常の物質の観測からは、必要な質量密度の2〜5%しか説明できないらしい。この足りない質量を補うために、ダークマターと呼ばれる目に見えない光を放出しない物質の存在が長い間天文学では仮定されてきたらしい。しかしダークマターをもってしても宇宙の25%の物質しか説明できないんだそうだ。これとセットでダークエネルギーと言うものも仮定されていて、それがが臨界エネルギー密度の残りの約70%を補えば、全エネルギー密度は宇宙が平坦であるのに必要な量と矛盾しなくなるそうだ。

 ここまで来ると最早、我々素人に彼が話す場合、暗号のようなものなので、彼も安心して俺なんかにもノーベル賞の元ネタを話してくれると言う事なんだがね、シマ。」

 「 ふ〜ん、フネ、俺なんかには原爆の遠隔操作の方が取りあえず世界の変革には必要だと思えるんだけどどうなのかなぁ〜。」

 「だってシマ、人類が霊界の存在を科学的に認めたらどうなると思う? 生死観が変われば一瞬にして世界は変わってしまうんだぜ。」

 「さあ、それは少しオーバーかもしれないな。人類はとにかく目先の食い物の事で頭がいっぱいで、霊界なんてどうでもいいんだよ。」

 「しかし、シマ、食料がなくて死んでしまうところまで来たら、霊界は重要だぜ、あすそこへ行くかも知れないんだから。」

 「ほほう、それは目出たい事ですなぁ、エーテルの発見とは。物事は単体では存在できず、必ず知られなくとも対極の二つのものがあるものです。ビックバンで宇宙が大爆発して出来たのなら、その爆発と反対のエネルギーが必ずどこかに存在しているのでしょう。外への爆発を受け入れる『空なるエネルギー』がです。それは東洋で言われ続けて来た『空なる力』でしょう。『空』が物理化されるのです。」真白素が口をはさんだ。

 「へぇ〜、真白素さん、そんな重大な事ですかねぇ、真白素さんが言うのであればそうなんだろけど。」浦島がいって、

 「だからだよ、シマ、我々の知っている宇宙ってのは全体の2割くらいのものだと言う話さ。

 僕らは宇宙の暗い大きな海を知らないんだ。

 僕らが僕らの心の中の大きな無意識という海を知らないように。

 その海はみんなの海と繋がっていているように、ダーク・マターの海もあらゆる場所に偏在しているんだ。」

.

 
 

 

 「なるほどフネ、お前が驚くのも分る気がしてきたよ。確かに心は宇宙の反映で、宇宙は心の反映で、心の中に無意識がある以上、宇宙にも無意識物質が在るのかも知れない。それは見える物を動かしている本質で、本質は見えない事が本質で、見えるものは表面で、心もカバーの中には無意識が詰まっていると言う事なんだろうね。」

 「シマ、なんだかお前の表現はいつも現代詩のようだけど、ほんと、その通りさ。」

 「ヴァーチャルなアイドルが緑色の長い髪を風にたなびかせてオーラを発散させているように、宇宙も見えない流れに乗せて生命力を運んでいるんだわ。」真美が言って、

 「そうかも知れないね真美ちゃん、在り続けようとする心が宇宙の心ですからね。私たちも星もその同じものの表現でしょうね。つまり世界は在り続けようとする心の多様な表現以外には何もないという事ですね、例外なく。」真白素が真美に答えた。

 「うん、うん、命も野菜も石や土も在り続けようとしている事の中の、別の表現には違いないよね。」最後に遣って来ていた崇が言った。

 「複雑になってしまった人の行動も、つまりは在り続けようとする衝動のバリエーションでしょうね。宗教は自分を少しでも永遠に近づけようとし、芸術は美を創って永遠に残ろうとする衝動がモチヴェーションですからね。政治や経済、戦争でさえ自分、その拡大である国家が生き残ろうとするものですよね。」船渡がみんなに言った。

 「そうね、芸術と言わないにしても、娯楽でさえ生きて行くのを退屈にしないためのもので、退屈すぎると死んでしまう者も表れないとは限りませんからね。それは監獄監禁が刑罰になる一つの要因ですよね。在り続けるためには楽しさがないといけないんだわ。苦しみしかなければ人は死んでしまいますからね。自殺が増え続ける今のこの社会自体の精神状態がどうなっているか想像がつきますもの。宗教的に自殺が禁止されるのはそれが宇宙そのものに反した行為だからかも知れませんね。それは神に反していると言う事でしょう。そしてそれは神に挑戦する人間だけの特権でもあります。でもそれも大きな在り続けようとする意志の中での出来事のように見えます。その中での反発に過ぎませんから。

 神というのは在り続けようとする心そのものの事かも知れないわね。」路子が言ったのでみんなは各自に密かにセツの事を思い出してしまった。

 

 

 

 「だからそう言った意味でダーク・マターもまた在り続けようしているんだけど、それは物質の表現とはまた別の存在表現だと思うんだ。物質が物理的反応をすると考えているのは人間だけで、物も微小になれば具体が抽象化してしまう。具体的なものだけが存在していると考えるのは荒っぽい考え方で、実は抽象的なものこそがその本質なのかも知れない。生活にとりあえず必要なマネーも広い所、高額な単位では抽象化してしまう。通貨システム自体が抽象的なものだからね。」船渡が言って、

 「つまり抽象と具体の境目は暈けていて、はっきりとデジタルに別れたものではないんでしょ。世の中の全ての相反するものは具体でも抽象でも境目が暈けていて、実は仲良しだったと言う訳ね。」真美が言ったので、

 「ああなるほどアナログなのね、どこまで行っても。」と浦島が言った。

 とりにわのメンバーは白熱した議論が少し落ち着いたところで食事にする事にした、ホームドラマのように。

 佐波は牡蠣入りのお好み焼きをホットプレートを応接間に持ち出して作り出した。

 その場合はキャベツではなくネギだろうと浦島は思ったのだが、佐波のおばちゃんは言いつけたようにそのようにしていた。やまいもと小麦粉と卵が同等の分量の下地を使っていたので、どちらかというとそれはウスターソースのついたオムレツのようだったが、佐波の料理センスのバランスのよさでそれは浦島の気に入った。

 ソースの上に山椒とレモンの皮をおろし金ですりおろしたものがふりかけられた。牡蠣が生っぽいので青のりはふりかけられていなかった。各自二枚以上食べただろうか、食後、庭へ出て話のつづきになった。佐波もお茶を持ってついて来た。

 早春の光りは明るく木々の影にも柔らかさがあって、庭は霜の解けた露で濡れていた。そのため苔はラメをふりかけられたようになり、水滴が移動する度にキラキラと輝いた。 

 「このきらめきを見るといつも思い出す、日枝さんの事を。」

 路子が前を歩いていた浦島に独り言のように言った。

 「ああ、日枝さん。なつかしいね。」

 日枝はすでに死んでいたが、浦島と路子の中にまだ強烈に生きていた。

 人は生前の関係性においてその人の中に強烈に生きる。それが霊の正体だ。

 日枝は路子達とピクニックに出かけた海岸で、その場所で、立ったまま死んだ。

 その日の海も強烈な日差しを受けキラキラと輝いていた。日枝は己の妄想もリアルもないところを生きて来ていたので、そのどちらでもない狭間に消えて行ったのだった。

 浦島も路子も日枝から言葉にならない言葉、理論ではないセンスのようなものの多大な影響を受けていた。それも霊の正体だ。

 「そのニチエさんってどんな人だったのらしら。」

 真美が振り返って聞いたので路子が続けた。

 「それはね真美ちゃん、彼は世間で言われる知恵おくれな人だったの。私やおじさまとは仲間でいろいろなところへ一緒に旅行したの。ね、おじさま。」

 路子が言い、浦島がうなずいた。

 「真美ちゃん、そうなんだ、日枝さんはとても一口では言えない人で、海の漂流物で人形を作っていて、それがまた半端な数じゃぁないんだ。彼の部屋は人形しか見当たらなかったからね、それにとても宗教的なところがあって、僕らには彼が知恵おくれではなく、ある高みに達して大人が子供化してしまったように思えた。彼といると色々不思議な事が起きた。言っている事と現実がシンクロするんだ、度々ね。」

 浦島が言い、

 「そう、そうよ、あの日だって彼は言っていたわ、『今日はみんなに立ち会って欲しい。見えないものにタッチしあって欲しい。アンタチャブルを赦して欲しいんだ。』って。その時は何の事か分らなかったけど、今考えれば。あれは彼の辞世の句のようなものだったんだわ。」

 路子が言い浦島が続けて

 「彼は自分の事を賤民だと思えるほど 世の中から超越してたよね、自分は何も持ち得ないゆえに世界は自分のものだと思っていた。」

 「彼は私たちの宝だったの。」

 路子の声は聞きづらく風に消え入った。

 頭の良い真美は二人の会話から即座に3人の関係を理解し、少し羨ましく思った、自分がその関係に不在だった事を。

 関係性には何時も不在がつきまとう。そこに関係しないものが絶えず無意識に意識されるのだ。それは存在する事がいつも死に向かっている事とイコールであるような神秘だ。

 とりにわのメンバーは三人の霊的な会話がきっかけとなって応接間での話の話題のつづきに入っていった。

 「ところでシマ、ここにいるメンバーは世界の終わりについてのメカニズムもはっきりと意識しているし、ジョン・タイター体験もあり、世界が多重である事も解っているという事は、とても希有で不思議な事だと思うんだけど、しかし本当にそうなんだろうか?こんな重要な事を本当に我々だけが知り得た人間なんだろうか。」

 唐突に船渡が聞いたので浦島が振り返って、

 「フネ、案外世界に同じような体験をした人々が居て、その事について考え、対策しようとしているような気がするなぁ。いつの時代にも歴史はそのように記録されている。共時的に同時多発的に事件は起きるからね。僕らは霊界のような人類共通の場所から無意識に情報を得ていて、それは空間を超えている。流行のような共通無意識の嗜好から大発明や革命さえもそのような情報の蓄積の爆発かも知れないと思うんだ。」浦島が言って、

 「シマ、それはあまりに仮説的だけど、一理はあるなぁ。こんなとんでもない事が僕らここの数人の問題だけになっているとは思えない。世界は終わろうとしているし、同時に僕らはその何千倍もの多重世界をプレゼントされたんだぜ。」舟渡はいい、上に浮かんでいる初春のぼやけた雲を見つめた。

 我々はあまりに巨大で濃縮なものを受け取ると、一種の虚脱感に襲われ、日常的な努力に価値を見いだせなくなり、「空なる病」に立ち至る。それは「巨万の富」でも「悟り」でも一夜にして家族全員を失うのも同じ事だ。世界が終わるその日に、仕事に出かける人はいないだろう。世界の終わりを忘れたくて仕事に出かける人は別として。

 こんな事が本当に起こっているとしたら、我々は日々の努力に一体なんの意味を見いだせるのだろうか。我々は世界をほんの少しでも良くなればと思い無駄と思える汗を流して身を削っているのではないのか。直接的には子供や孫のためかも知れないが、それはその子たちの未来世界のためでもあるのだから。

 我々は未来を無くせば、同時に過去の多大な努力と反省も失うのだ。

 「未来なき世界」は今の現実の「希望なき世界」でシュミレートできるだろう。

 TVをつければ希望のなさを動機とした犯罪が日々起きている。我々は真面目すぎて飢え死にするよりは犯罪者になって刑務所に入る方が、正月には御節料理も出る悪平等な社会に生きているのだ。

 この社会システム自体がバランスを欠いた世界では、最早、なんでもありの子供も大人も礎石を失った狂気のアイランドなので、全体が狂っているが故にその狂気は認識されず、狂気は普通の事に昇格してまかり通って、春の突風のように何時もの事として見過ごされるのだ。

 最早、我々は仕事がない事など普通の事となり、それに家族の命が掛かっている事もどこか棚上げにして、とりあえずカードローンで生き延びている事さえ忘れているのだから。

 誰もがそれが政治のせいでも、大統領のせいでも、総理大臣のせいでも、親のせいでも、自分のせいでもない事を知っている。

 言い換えればそれは「霊界の流れ」である。人力を超えていて、人智では及ばない領域なのだ。運命というものがあるとすれば、それは共通運命なのだ。しかし、これは何時の時代においても体制側の常套句でもある。

 「運命だから諦めなさい。」

 だとしたら、我々はなぜ石の一つも投げられないのか。それでたとえ捕まってもそこにはおせち料理が待っている運命なのだから。

 この小説の筆者であるこの私もつい最近、鹿児島の動物園で虎の檻の中のセメントの岩を作る手伝いをして今、帰還したばかりなのだが、雨の足場の上から見る火山のリアルな爆発は壮絶であり、北海道とは対極な地の、大地が生きている実感を得る事ができた。それは単に仕事と言うだけではなく、体験的収穫であった。山が生きているという事はそれだけ原始の時間の波動の中に居る事であり、九州人には日常でも本州の人間にはなにかそこに居るだけでびりびりとした原始風を感じる土地でもあるのだ。

 そのように共同運命も、土地、国家に依存して変化してその土地独自の波動をその土地にもたらしているが、今、世界各地で起きている暴動的爆発の連鎖も、共通の動機をはらみつつ、それぞれの、土地土地での波動で構成されていくのだ。これは何かもっと大きな世界的反動になっていく予感がする。火山はいずれは爆発して新たな土地を作り出す事は時間の問題だからだ。この予感があたらない事を私自身も望んでいるが、爆発は必ず起きる物理的現実だ。心理もそのようにシュミレートできるのだから。

 
 

 小説的空間へと戻れば「そらにわ」のメンバーたちも同じように現実を捉えており、そのような一種の変化的進化も、各自が知り得た「世界の秘密」の下ではあまりにも虚しい努力と犠牲で、やはり全員が同じ虚脱感の川の流れにうかんでいたのだった。

 「ねえ、浦島さん、僕らは僕らの この怠さをなんとかしなくちゃぁならないですよね。先の見えている未来に対して、何かを成すために精進する事は虚しいから。経済的発展も芸術も科学的進歩もここでは意味をなくして、只々、刹那的な日々の糧を得る活動を自動的に行うしかない世界しか今はない訳でしょう。これから先僕らはこんな世界を引きずって生きていく訳にはいかない。」ふいに一番後ろを佐波の持っていたポットを持ってやって歩いていた崇が言った。

 「崇君、それはそうだけど果たして僕らはその方法論を持っているだろうか?問題は時空を超えており、すでに完結された過去の話なんだよ。為されてしまったのだよ。その事象は生まれ出てしまったのだ。単なる妄想やイメージではない。」浦島が答え、舟渡が続けた。

 「そうだよ、崇君、僕だってそう思いながら、それでも少しでも世界がよくなるようにと政治に参加している。誤解をおそれずに言うなら、それは自動的な今までの仕事をしている訳でもないんだ。人は最後の最後まで諦めてはいけないんだ。人智を超えた事が起こらないとも限らないし、それは今までも起こってきたし、これからも起こるだろう。世界は合理性ではなく、神秘で出来ているのであって、こうなってしまうと決めつけるのはまだ早いと思うよ。」

 「でも、それはあまりに希望的観測で、おにいちゃんの言っている事の方がリアリティーがあるわね。政治家さんのリアリティーは何時もそうなの。政治家さんはリアルを扱う仕事なのに、それは何時も世間知らずなリアルなんだから。」マミがトゲトゲしく言って、

 「まあまあ、マミさん、そうは言っても、誰だって世間を十全に知っている人なんかいない訳だし、人間なんて閉じられて閉鎖的なテリトリーを往復している存在でしょ。ライオンが檻を往復するように。」路子が舟渡をフォローして口を挟んで続けた。

 「世間を知っているなんて思い上がりで、それよりも我々が世界の秘密を知っているほうが上じゃぁないかしらね。世間なんて流動的で捕らえ所がなく、知る価値など本当にあるのかしら。それは知ったと思った瞬間に手のひらの水のように溢れてしまい、夏の日の逃げ水のようにたよりないものなのよ。」

 「路子さん、解りますけど、それでも私たちはそれを把握し、対応して生きていかなければなりませんよ。生きるためにそのあやふやな情報を道しるべに。」マミが言ってみんな暫く黙りこんだ。

 みんなは話し込んでいて庭の中央に来ている事に気がつき、池の畔のベンチに腰掛けた。

 佐波がお茶をくばっている。浦島の指示でポットにはマティ茶が入っていて、その発酵し過ぎの鉄っぽい舌触りと配られた乾燥イチジクがよく調和した。

 春先なのにまだ空気は冷たく、路子や真美は膝掛けを欲しがった。水面には魚の群れが旋回して、それに重なって上空のトビもつられたかのように空に輪を描いているのが映っている。いやいや、釣られるのは魚で、トビは上空からその魚を狙っているのだ。対極が一つになろうとしていた。

 空に輪、「そらにわ」のメンバーは膝掛けどころか、日が陰って来たので肌寒い場所から退去する事になった。

 「みんな、寒くない?寒いよね。あそこの小さな温室に猪俣が残した面白いものがあるから見に行こうよ。それにそこは熱帯用空調があるしね。」浦島が指差した築山のような土手の上にガラスのまぶしい光が見えて、その形は水晶の結晶のように細長い塔の形をしていた。水滴の垂れているガラスのドアを開けて、エアカーテンを通り抜けるとそこにあったのは食虫植物のコレクションだった。それらは螺旋階段状の棚にきれいに整列して、渦巻き状になっており、ツタ系のものは上から下へと竜巻のように垂れ下がっていた。

 「わぁ〜すごい、これなにかしら、この奇怪な植物たちは。」真美が奇声を張り上げたのでその声は温室に広がり、植物たちの瞑想を破った。

 それらは、うつぼかずら、ハエトリソウ、虫取りスミレ、それに水槽にはタヌキ藻などのありとあらゆる食虫植物の、世界から採取して来た種類が、これでもかこれでもかと並んでいたのだ。それらは高温多湿の環境に並んでいたのだが、中には高地の冷寒地で育つもののあったので、それらは別のショーウィンドウに納められていた。

 「僕にはよく解らないのだが、これは食虫植物で肉食系の植物だ。自然ではこうした事は起こりうるので、僕らは注意深く自然を見る必要があるよね。自然サイクルの逆走もまた自然なんだ。エコなんて言ったところで、単純に上から下へと水が落ちるように循環している訳ではないよね。反動もまた自然と言う訳さ。植物は普通動物に食われるが、その植物たちも同時に腐敗した動物のエキスを吸い上げて生長するマシーンなんだ。我々はおおきな共食いの世界に生きていて、お互いに食ったり食われたりさ。人間様といえども例外ではないからね。粘菌などは植物か動物かもはっきりしない。」浦島がうつぼかずらの瓶に落ちた蝿を覗き込んで言った。

 
 

 「お話中ですが、実は重大なお話があるんです、浦島さん。話そうかどうか悩んでいたんですが、これはやっぱり話すべき事だと今思いついたんです。その逆走の話で。

 みなさんはジョン・タイターに二度お会いになっていますね。実はぼくは三度あっているんです。」不意に嵩が話しだしたので浦島は黙り込んだ。

「ここで、この場所で、タイターが現れて消えた二度目の日の次の朝、三浦の農園でトラクターに農薬散布用のトレーラーを連結して水を散布していた時のことです。後ろでひとの声がしたので振り返るとジョン・タイターが水のタンクの上に腰掛けて居て、僕に話しかけていたんです。はじめはまだ起きがけの夢の続きかと思いましたが、そうじゃなかったんです。彼にははっきりとしたリアルなコントラストのはっきりした影もあり、夢の人とは違う重みがありましたから。現実感を強調する事が影のようなあやふやなものを根拠とするのも変ですがね。それに僕は彼に会ったと言う、確実な物的証拠を彼から貰いましたから。それは彼の使っている例のタイム・マシーンです。」

 嵩の言葉に皆が絶句した。その沈黙は暫く食虫植物たちの世界に響き渡り、一体化したのだった。おそらく彼ら食虫植物はそれら沈黙も食べているんではないんだろうか。

 「嵩君、タイムマシーンて、あの例の細長い箱かい?」浦島がとりあえず言葉を発し、

 「ええ、そうなんです。あれ、結構重いんです。重力発生器なんで。それで、あれはジョンの話だと予備に3台車に持っていて、わざわざ僕に一台、帰る日を遅らせて持って来てくれた訳なんです。何故かを僕も聞いてみました。ジョンが言うには、『これは、この時系列に一台置いておかなければなりません。わたしの本当の仕事はこの事なのです。あとの処理と経過はあなたがたの責任となります。解っているのは先きにも述べたようにこの機械による行動で未来ではあなたがたは有名です。それは好むと好まざるを別としてそうなのです。これをあなたに渡すのにたいした意味はありません。これは結構重いので、女性や老人には運べないと思っただけです。あなたはとりにわのメンバーの中では一番腕力がおありでしょうから。』ジョンはそう言うとあぜ道に止めてある彼の車に来るように僕をさそったので、僕は水を撒いたばかりの尾根を通って彼の車まで付いていきました。僕の長靴はぬれた土で汚れてしまいましたが、彼の靴は不思議に土が付きませんでした。」嵩はそう言ってそらにわにメンバーに自分の汚れた長靴を持ち上げて見せた。

 みんなは誰と言うのでもなく、温室の中のセメントの疑岩に腰掛けた。それは鉄筋のバスッケットに張られた網に塗られたセメントでできていたのだが、メンバーの誰もが本物の岩だと思っていた。それはそのように精巧で、ぬかりのない造形だった。

 「それで嵩くん、それは今何処にあるのかなぁ。」浦島が少し疑い深く言ったので、嵩もやっきになって、「僕の車です。よければお見せしましょうか、すぐにでも。」

 「いやいや、そうじゃないんだ、嵩君を疑っているわけじゃないんだよ、その話があまりにも急で驚いただけなんだ、ねえ、みなさん。」浦島が言って、

 「嵩さん、それは重大なものを引き受けられましたね。それは歴史をかえられる力を授かったようなものですよ。今はまだ実感がないだけで。」真白素が付け加えた。そして、

 「それは厳重に保管されなければなりませんよ、その神器は。それは今の神器でしょう。気軽に扱える物ではないでしょう。封印されなければなりませんよ。それは使われない事を前提としたツールなのです。軍隊のように。」真白素が何かを思い出したように真顔で言い、浦島の顔を覗いた。

 「ああ、そうですね、確かに。僕にアイデアがあります。それは屋敷の中央の部屋の地下室に保管しましょう。あそこなら温度湿度も一定で、放射線もさけられる鉛でコウティングされていますから。未来の機械といえども所詮は電気機械ですから、定期的に通電しないといけないでしょうから。通電しないと劣化するでしょう、おそらくね。」浦島が現実的な事を言い出したので皆は嵩の話が本当なんだろうと思った。

 

 

 

つぎのページ