ゆ め つ な み 6

昼寝さめの竹の窓 - 2

[ 過去死 ]

( 音楽生物:死に向かう誕生の神秘 )

 
 

                                   題字/塩谷鵜平

 

     

 「ところで、おじさま、本題に戻っていいかしら? 我々の最大の課題、我々のこの怠さをどうするかに。」路子が言って、

 「ああ、みっちゃん、しかしその前にこのやっかいな贈り物を片付けなきゃぁ。」

 「浦島さん、それは片付けるべきではなく、今使うべきではないんですか?」浦島につづいて崇が話しだした。

 「僕らは最近あった東北の大地震(20110311)で解るように、自然に対して、偶然に対して、神々に対して怒りと恐れを常に感じて行動する民族性においても、それらに、運命の神々に対して挑戦していかなければならないでしょう。それは農業の心でもあります。農民は今までもこれからも、自然と共同し対抗してきました。それが人間でしょう。その対極の合一を生きる事が。ですから僕らはこの怠さ、この運命、この偶然に対して農民のようにするだけでしょう。つまり、それを受け入れ、それを出来るだけ人に都合がよくする人工性を使って修正すべきでしょう。そう思われませんか、みなさん。」

 「しかしだよ、崇君、今回の大きな災害は原子力発電所も破壊して、自然界にはない有毒物質を世界に対してばらまいている。国家機関に極めて近い電力会社は公務員顔で安全性を記者会見しているが、その時はすでに東京や首都圏の水や空気はマスクが必要な空間や飲めない水になっている可能性がある。パニックを避けるためという原子力発電の保身の方便がまかり通り、TVの学者コメンテーターは何億もの東電からの寄付を意識して本当の事は言わないように飼育されている。我々はすでに被爆しているのだ。その事を考えてみても最早、崇君の言っている農民の長閑な空間ではないんだ、今はね。」舟渡が言い、

 「 ええ、プルトニュウムなどの一種有毒な合金の力は錬金術を多少とも遣った僕のような人間には痛いほど解りますよ、その人工的な有毒性は。人工的に作り出してしまった物質はプラスチックのように世紀的な時間で問題を引き起こします。金などを多量に欲しがる人間の欲望自体が人工性の華であり、人工物質はその心理的な物質化なのですから。しかし僕らはその人工性において、それを使用して、自然に、偶然性に、神々に挑戦していかなくてはならないでしょう。それが人間ですから。運命と諦めると同時にそれに挑んでいかなければならないでしょう、舟渡さん。」

 「ああ、崇君、ぼくも東洋的な運命論者ではないんだよ。運命は決まっていると同時に流動的だろう。そう思っているよ。運命は大筋は変えられないだろうが、細部は変更可能だろう。あるいは半分はかえられ半分は動かないままだろう。この今がそうであるように。」

 「それで崇君、きみはその機械をつかって何を変えようと言うんだい?」浦島が言って、

 「哀子さんを殺すのです。」と崇が言ったので、しばらく会話が途絶え、食虫植物の温室に一瞬寒々とした空気が通り過ぎた。

 浦島が切り出した。

 「それは嵩君、ぶっそうな事を平気で言っているようだけど、もっと結論だけではなく、説明が必要でしょう。」

 「ええ、解りますよ浦島さん、僕の構想はこうです、つまり、この機械を使って誰かが過去に移行して、哀子さんが殺精子ウィルスをばらまく以前の彼女と対面し、彼女を殺害するのです。その次点で世界は分岐して、今のこの次元とは違う、人類が滅びない支流が発生してパラレル化し生き残りのリアルを作り出せるでしょう。今のこのままだと世界はその分岐をもっていませんから。つまりこの構想は殺人という倫理的、社会的、感情的な次元を超えている仕事なのです。それは為されなければなりません。我々の居るこの次元では哀子さんは確実に生きていますから。それは変わりません。我々のいるこの次元では世界は滅びますが、滅びないリアルを作っておかなければなりません。それが我々の責務でしょう、我々が知っている事と、あの機械を持っている事においての特権的な使命においても。」崇がいつもになく真剣に言って、浦島が続けた。

 「 なるほど、崇君の言う事は大体解った、その話は確かに殺人という社会的、法的、感情的な道徳を超えている。しかしだよ、崇君、ここでひとつ疑問があるんだけど、ではなぜその使命は我々でなければならないんだろうか?ジョン・タイターだっていい訳でしょう、これを為すのは。それ以降の未来人でも。」

 「ええ、そうおしゃると思っていました。その答えは僕なりに考えてあります。それは僕らと哀子さんとの縁です。ジョンや未来人にはそれがありません。僕らはセツを介して哀子さんとつながっていますし、真美や僕もそも張本人です。真美に至っては彼女に誘拐されたんですから。仏陀もヒンドゥー教を元ネタに縁起論を完成させていきました。世界は縁により構成されているという見識です。私は浦島さんの私と言うイメージで動かされていますし、私は私で浦島さんという私のイメージで浦島さんに対応します。しかしそのおたがいに不完全で、誤謬なイメージにより世界は構成され、リアルが決定されます。現実はそのタピストリーであり、現実とは元々間違ったイメージの結晶なのです。人は人を間違ったイメージで定義し、対応し、その人を作り出し、その人はその人で間違った自分を作り出し、束縛しているその人をまた、間違ったイメージで作り出して、束縛していくのです。そのように世界は間違った関係性で構成されて行き、それらの縁の織りなすタピストリーは、やがては動かしがたいリアルになります。ですから縁は重要です。すべての僕らの日常は意識しなくても縁によって行動され、実行されているから。つまりこの縁という事により僕らの使命も決定されたのです。ジョン・タイターたち未来人もその事が解っていたと思われます。」崇の理論は完成度が高く、それに誰も反論できなかった。

 「なるほど、崇君の深淵な世界観は解ったけれど、じゃぁ、現実の問題として、このメンバーの中の誰がそれを実行するんだい? それはこの時空からの消滅の危険もある訳だし、それはこの世界の関係する他者に対する責任にも関係するよ。家族を無視してその行動は出来ない訳だから。」 「ええ、それはそうです、ですからこの場合は家族のいないこの世界にしがらみのない人の実行が理想でしょう。しかし、それも最早どうでもいい事です。これはそのような情をこえた仕事ですから。すべての事はこの仕事が優先します。それは世界を救う事なのです。それもこれからの永遠の世界をです。それは家族という個人的なレベルを超えているのですから。」崇が直立して言って、

 「ああ、なるほど、それはその通りでしょう、でも崇さんはどうして世界が滅びて消滅してしまってはいけないとお考えなのでしょうか、このままでいいんではないんですか?それが自然なら、滅びっていくのが自然なら、どうして人工的にそれを修正する必要があるんでしょうか。」

 「ええ、真白素さん、そうお考えになるのももっともです。この構想は極めて人工的です。しかし哀子さんの実行した事は一種の狂気の沙汰なのです。それは自然の成り行きではないのです。狂気に対しては我々は人工的にならざるをえません。それは自然ではないからです。人工には人工的な処置が必要なのですから。」

 「 しかし、その狂気も自然の一部とは考えられませんか?崇さん、自然災害のように、あの津波のように、それによる放射能汚染のように、起こってしまう事は自然ではないんでしょうか?」真白素が言って。

 「長老にお言葉を返すようですが、僕は実のところは、それは自然でも人工でもないと考えます。世界は自然だけではないからです。少なくとも人間の世界はそれらの矛盾で成り立っています。人工に見えて自然、自然に見えて人工なのが我々の世界ですから。普通の人々にはなぜ自然や人工がこれほど問題になるのかが解らないと思われますが、それは極めて重要です。それ意外に問題はな無いとさえ言えます。お分かりのように人工とは人間の為す事そのものの事だからです。」

 「そうですね、人だけが自然をねじ曲げる力を持った動物と言えますから、人工性が問題になるのですね。時空を超えて移動して歴史を変える事はその極致でしょう。」真白素が言って、

 「ええ、ですから、それは人間にしか、哀子さんと縁のある僕らにしかなし得ない仕事なのです。」嵩は一通り言いたい事を言い終えたように温室のベンチに腰をおろした。

 「うん〜、これは大変な決断に僕たちは迫られているようだね。嵩君によって。死刑囚を前にした裁判員のようだね、いやそれ以上さ、ぼくらは僕らで実行しなければならないからね、命がけで。」浦島が言い、またとりにわのメンバーはしばらく瞑想とも沈黙ともつかない停滞の中に居た。

 

 

 

 

 

 

 

そらしま作 「光る森で見たもの 20110401」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[光る森で見たものー滝あるいは白い人] そらしま201104作 キャンバスボードにアクリル

 

 

 

 「みなさんが犯罪者になる事に躊躇されているのは解ります。それは普通の感情です。僕も自分が殺人者になるために生まれて来たとは思いたくはありませんから。ですがこれは前にも言いましたが、殺人を空間的、時間的、個人的、感情的に超えているんです。戦争や革命が殺人行為とは言われないようにこれは殺人行為ではないのだと思います。

 それに僕らはもう、パラレルワールドの実在をジョン・タイターによって確信させられているので、人の死が一種の架空に近いものだと知っています。その人はその次元からいなくなるだけで、別次元では生きているからです。ですからこの計画は躊躇なく実行されなければなりません。」嵩が恐ろしい事をさらっと言ったのでメンバーみんなが唖然としているところに、

 「おにいちゃん、それはそれに同意した瞬間に私たちは殺人さえも受け入れる恐ろしくアナーキーな人間になってしまうわよ、法律の罰があるから遣らないだけの非知性的で動物的な人間に。もっとも共食いしないのは逆に動物的本能でもあるわよね。感覚的にも殺人は無意識に禁じられているし、人間社会の初源のルールでもある訳でしょう。」真美が言って、嵩が後に続けた。

 「いやいや、真美、僕が言っているのは例外としてこのケースは認められるべきだと言う事だ。これを成さない場合、僕らは人類全員を見捨て、殺してしまう事になるんだよ。数の問題では無いにしろ一人の犯罪者の命と駆け引きするには未来永劫の人類全体はあまりにも桁が違うんだ。これは殺人という犯罪ではなく、一種の死刑制度の執行に似ているんだ。人類を殺してしまう事は当然死刑以外にないんだからね。おまけに人類のその行く末を知っているのは僕らだけだし、哀子さんがその犯人だと知っているのも僕らだけだ。それに愛子さんを殺害出来る力を持っているのもこの時空では僕らだけと言う訳さ。」

 「 嵩君、それで、君はこのメンバーの中で誰がこの事を成すべきだと思っているのかい。まさか自分で遣ろうとおもっているんではないんだろうね。」浦島が聞くと、

 「ええ、僕は独り者ですし、哀子さんとの関係は第一人者です。それにもうひとつの条件として実行者は車を運転出来る必要が有ります。ですから真白素さんや女性には無理でしょう。あの機械はけっこう重いですからね。遣るという事になれば僕が行きましょう、言い出したのも僕ですし。」

 「それなら僕でも舟渡でもいいわけだろう。いやフネはまずいか。政界で顔が売れているからね。急に居なくなれば大騒ぎになる。行くなら身寄りの無い僕か嵩君しか居ない訳だ。」

 「 いや、浦島さん、僕の計画では実行は一週間もあれば戻れるくらいのものです。哀子さんに近づいて、食事に毒を入れるだけなのですから。哀子さんの死を確認したら即帰還します。哀子さんに近づくのもたいしてむずかしくはないでしょうから。出来るだけ若い哀子さんに近づきます。正確なウィルスのばらまきの時期が解りませんから。哀子邸ができたばかりの頃に時間逆行します。」嵩は粛々と語り、いつもの意思の堅さを見せ、確実に自分が実行すると覚悟しているようだった。

 「おにいちゃんが行くなら私も行きたいわね。特に死への恐怖心もないし、この危険度は死のそれとは違い、それをも超えているからね。もしも帰れなくなっても別次元で生きる事でしかない訳でしょ。私が行けば、これは伝統的な敵討ちになるわね。それも時空を超えた。」真美が言って、

 「それなら俺だってこんなオロオロな政権政界で意欲沈滞ぎみで仕事をしているよりは、ここで心機一転したいところだよ。政治家が一週間くらい休んでハワイやグァムでゴルフしていても普通の事だからね。誰にもあやしまれないさ、むしろ普通人よりも政治家は時間的には自由なんだぜ。」舟渡りもそう言った。

 そこでおもむろに真白素が話しだした。

 「どうでしょう、みなさん、ここはとりにわのメンバーみんなで行くことにしたら。あの機械は特に車を選ばないようですし、マイクロバスにあれを積んでそしてみんなで小旅行のようにね。私たちはそうすべきでしょう。つまりみんなでこの殺人ともいえる恐ろしくも聖なる仕事の責任と光栄を分かち合うべきなのです。お分かりですか路子さん。」

 真白素が舟渡を見ていた路子に話を振ったのであわてた路子は、

 「ええ、わかりますわ、真白素さん。その殺人は人類を救う事ですもの。その功績をみんなで分かち合うべきですわ。この時空に居て誰かを見送れば、その人はいつまでもただの人ですもの。この世に誰がキリストのしたように人類を救う事を、見逃してしまう者がいるのでしょうか。」

 とりにわの誰もが路子の代弁したように密かに心のどこかで未来で聖人になる事を夢想していた。それはジョン・タイターが言っていたようにそうなるだろう事を疑わなかったのだ。

 「わかった、わかった、それじゃぁ、みんなで行く方向で計画してみるけど、これはあくまで個人の自由意志での参加にしたい。都合が付かなくて行かれないのもありだ。」浦島が話を切り上げた。

 庭はすでにオレンジ色の光を横から受けていて、廃墟風の建築物はキリコの絵のようなうなされている夢の中の夕焼けようになっていた。

 

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