ゆ め つ な み 6

昼寝さめの竹の窓 - 3

[ 天竺天罰 ]

( 音楽生物: カルマの車)

 
 

                                   題字/塩谷鵜平

 

     

 

 数日経ち、とりにわにメンバーも動揺を押さえきれずにいて、浦島もメンバーからひっきりなしにかかってくる電話の応対に追われていた。

 それはそうだろう、人類のためとはいえ、遣る事は人殺しなのだ。それに哀子には奇病を患う子供が猪俣と出会う頃には居て、猪俣の死から程なく死別している事がメンバーたちには解っていた。哀子とて狂気に至る不幸な原因があり、それがすべて哀子の成して来た結果だとはとても単純にはいえなかったのだ。そんな方便としての幼稚なカルマ論をメンバーの中で信じる者は誰もいなかったので、なおさらその行為に対する葛藤が続いた。

 そんな単純な合理性で世界が出来ているとしたら、不慮の津波で複数の海岸に同時に1000人もの遺体が打ち上げられるはずはないだろう。彼らの成した結果が同時に海岸で同じように結果する事自体がそれが嘘なのを物語っている。そんな事は広島長崎を経験した日本人なら誰でも解る事だった。ゆえに戦後日本人は天罰などというものの信仰が希薄になったのだ。

 しかし、それはまったく無いともいえない。結果には原因があるからだ。だがこの事もまた、曖昧な物理に置かれていて、その方程式もまた別の方程式と境が暈けて解け合い、天罰もまた偶然のアクシデントと溶け合って世界を構成しており、そもそも死などというものが本当に天罰になりえるのかさえ解らない事のようにメンバー達は感じていたのだった。

 しかし、メンバーの遣ろうとしている事はまさに天罰を神に代わって代行しようとするものだった。そこでもまた東北の海岸のように神は不在であり、人間が人工的にそれを執り行う必要があったのだ。

 浦島は一人応接間にいて電話番をしていたのだ。それは本当にひっきりなしにかかって来たし、一々電話が鳴るたびに駆けつけるのもおっくうだったから。壁に浦島がネットで買った森の風景画が一枚掛かっていた。猪俣には絵画の趣味がまるでなく、また解らないものを買い求める指向がなかったため、この家には絵画と呼べるものが一枚も掛かっておらず、解らない事はしないと言う猪俣の意思が徹底していた。そこへいくと浦島には若い頃からART嗜好があり、視覚的な美しさには敏感で、美大出の路子ともそれが無意識の媒体となって親戚の関係を超えて馬が会った。 

 竹の窓から入る光がその絵画に有機的な格子のチェック柄の影を落として、それは希望なき囚人が鉄格子から垣間みる本来生きるべき世界のように見えた。

 『私は本当はあそこで生きるべきだったのに今なぜここに居るのか。それは私が何時も反社会的だったからだ。人間の社会というものをいつも受け入れがたく思っていたからだ。そのカルマ(業)によって今、この牢獄宇宙ステーションに閉じ込められているのだ。』男はそう思い、いつものように丸窓の青い地球を眺めた。

 それは何時ものように青い靄が掛かって発光していた。

 男は牢獄の部屋の壁に埋め込まれた連絡用兼娯楽用のモニターのスリープ時にいつも映し出されている森の絵の画面に目を移した。その絵はリアルとも抽象ともつかない森が緑色で描かれていたのだが、その新緑の中に顔が浮かんでいるように見える幻想的なもので、作者は誰なのかは解らなかった。それは犯罪心理医のセレクトしたもので、囚人の心理に厚生的に働きかける効果を期待されて映し出される数点の作品の中の一点だった。男にはそれが何を意味しているのかは解らず、ただ在りし日の懐かしき地球の思い出を誘発する風景として見ていたのだった。深緑のその森は、よく見れば軽めに木立のシルエットが吹き付けられて重なり合い、偶然にそこに浮かび上がってきた人のような個性を説明的に描写していたのだが、それらの人格はあまり浮き上がってはおらず、森に解け入っているように、むしろ控えめな感じがした。男にはそれが何かギリシャ神話かアイルランド神話の説明画のように見えた。しかし、じつはその絵画はほとんど作者の意図がなく制作されたもので、まわりに生えている雑草を採取して来て、キャンバスの上に置いて色を吹き付けただけのもので、深き森や浮かび上がる顔は作為的なイメージを定着させたものではなかった。それは出象しゲストのように遣って来たものであり、具体だけでなく雰囲気もまた客人のように遣って来たものだったのだ。ゆえにその絵画はナチュラルで押し付けがましくなく、見る者も勝手に色々なイメージをそこに作り出したので、見ていて飽きず疲れなかった。それは精神医の意図するところの絵画セラピーだったのだが、男には他の数点の写真や絵画のスライドショーの中ではこの作品が一番気に入っていた、。それは理屈抜きになつかしき地球の生を、水を、緑を象徴していたから。

 自動的に遣ってくるイメージはその時のその人の無意識なので、それらは神話的になる。大気圏外に浮かんでいる男には、そこに描かれた正に我々の住む地上こそが神話界だったのだ。

 男は長い牢獄生活の中で、家というものが、社会というものが、国家というものが、一種の牢獄である事を看破していたが、それがこことは違うのは、そこには他者との関係性があり、男の犯した罪もその関係性のこじれた結果であり、それは今思えば懐かしきここには不在な、生きる証のようなものだった事を思い知った。それは監禁の最高の目的だったので男はここでは理想的な囚人だったのだ。

 見ていたモニターの画面が急に変わって、プリズンシップの下に浮かぶ地球のライブ中継画面になったが、ステーションは丁度アジアの上空に差し掛かっているところだった。タツノオトシゴのような日本列島が見えていたからだ。

 しかしそれは何時も見るものとは少し違っていた。東京から北の特に太平洋側に明かりが全く見えなかったのだ。いつもならアジアでのライトスタンドのように明かりが晃晃と灯っている夜の日本列島を見慣れている男は、これはきっと何かあったのに違いないと思った。地球での詳しいニュースは囚人達には伝えられておらず、男には何が起こっているのかはその時は具体的には解らなかった。2ヶ月ほどして編集されすぎた短いニューストピックスを見て、それが地震により津波が発生して、それにより原子力発電所の事故につながり、広範囲で日本の東北の地は不毛化してしまった事を知った。中国やソ連などの大陸とは違い、小さなアクアリュームのような島国の日本は、一度放射能の土壌汚染が始まってしまえば、逃げるに逃げられないここに似た牢獄になるだろうと思われた。いや、ここはむしろ地球の汚染からは安全な物見の塔と言えるだろう。放射能の人体への直接的な影響はもとより、その土壌汚染による農作物の減少、漁業、畜産業の衰退、それによる物価の上昇、雇用の加速度的減少、地価の暴落による財産価値の急落、観光地、観光業の不毛化、言い出せば切りがない惨事が小さな島国を襲うだろう事は素人の男にも予想がついた。しかしこれは単に経済だけの問題ではない。原発事故は一国の問題を超えている。小さな島国ではその汚染はほとんど均一的に広がるだろう。そしてその影響は世界の海と大気を汚す事になる。推進派が例える幼稚な飛行機事故とは次元の違う事故なのだ。

 あと二箇所このような事故が続けば、あの島には住めなくなるだろう。彼らの長は世界各国に移住分担を申し出なければならなくなる。原子力発電がなくなる不自由さや、目先の金だけの問題ではない。金より命が大事で、それも自分の国があっての事なのは子供でもわかる事だ。将来国を託す子供にがん発症の多発する環境を残すべき出ない事は、左派右派、金の亡者とて同じだろう。国があっての金儲けなのだ。男はあの島国ではただちに原発を止めるべきだろうと思ったが、それも遥か彼方の男には関係のない国のことで、

 『ああ、彼らを助けたまえ。』青い地球をいつも希望としてきた男はそう呟いて、消灯した青い小部屋のベッドに潜り込んだのだった。

 浦島の夢とも妄想ともつかぬ物語は続く。

 フランスのような強力な原発推進国でも、一度チェルノブイリや福島のような事故が起きれば、最早農業国を維持できなくなり、国家経済システムが狂ってしまう。早々と停止の方向に舵を切ったドイツやスイスを見習って、原発ビジネスから撤退すべきなのだ。

 地震の恐怖が希薄なヨーロッパでさえ原発に対する危機感を持っているのに、絶えず揺れている島国日本列島に50基近くの原子炉をつくるのは、一種の自殺行為で、国自体が狂っていると言われても返答のしようがないのだ。あらゆる文化レベルが劣化していく中で、我が国の特化していると思い込んでいた科学技術レベルも、今回の事故がかなり稚拙なものである事を暴露してしまったのだった。

 はじめはアメリカから押し付けられた原子力発電を能天気に作り続けたこの列島全体が、チェルノブイリ化するのは最早、夢ではなく、近未来の現実のように思えてくる。

 今回もアメリカが早々と原発を一時停止したのは、何も地震や津波を恐れているからではなく、これがテロの標的に簡単になり得るからである。同時多発的に複数の原発が破壊された場合の放射能汚染は地球規模に達するだろう。テロは最早派手な破壊活動も大量の爆薬も必要としない。敵の持っている強力な危険物に火を着ければいいだけの話だからだ。テロは破壊活動から汚染へと転換され、目に見えない放射能やウィルスが武器として使われるだろう。

 原発の有無の問題は、地域住民の雇用の問題とか、電力不足の問題ではなくなって、グローバル化した課題になっている事にまだ目覚めていない人々がいかにこの国に多いことか。浦島はそう思いながら竹の窓をぼんやり見つめていた。

 この家にはもともとTVというものが始めから見当たらなかったのだが、浦島が引っ越してくる際に持ち込んだ小さな液晶のセットが部屋のすみにあって、浦島はたまにそれでニュースを見る事があった。しかしそれも最早正確な情報は操作され、編集されたプロバガンダと化しており、旧政権が自然崩壊したように、大手マスコミも自動的に解体して行くのは近い将来の事のように思われた。人々は勝手に情報を編集しないでライブでWebから流し続けて、自分に合った情報をまた勝手にWebで受信するようになっているからだ。これからはTVが作り上げた政治家、芸術家、芸人や知識人も影を潜めて、直接Netで支持された者達が台頭して来るだろう。スポーツ中継も大手テレビ局でなくても個人でも可能な時代になっているのだ。TVが特権的な政治性を持ち得た時代もまた短命だったのだ。

 それらの事を考えるにつけ、浦島は今この世界が、外側でも内側でも、なし崩しに崩壊刷新が進んでおり、人間の意思とは別の力で変わろうとする季節が到来している事を感じていた。

 そしてそれらはまた、浦島の個人的な変化と共時的にシンクロして、これから遣ってくるだろう劇的な結末を予言していた。

 数日して、とりにわのメンバーは覚悟を決めて猪俣邸に集まっていた。

 浦島は予定通りマイクロバスを10日の予定でチャーターしていた。メンバーにはお気楽な旅行気分の者もいたし、深刻な顔をしている者もいた。嵩が持って来たあの機械が男手によってバスに積み込まれる。それは車内の一番うしろの席にご神体のように置かれて、鎮座している。今このメンバーが成そうとする事が真に自然に反していると言う事であれば、いくらがんばっても、作られたものには自然のなりゆきに抵抗するすべがないように、それは自らによって自らが崩壊するのだ。その危険をはらみつつ、いまメンバーは旅立とうとしていたのだ。

 バス自体が強力な反重力機に成る事は予想がついた。これはUFOと同じ原理である。リニアモーターカーはその原始的な始まりであるのだが、UFOは時空間移動機でもある事が将来解ってくるだろう。時間も空間も同じものの別の表現だからだ。空間を光速で走れば、つまり光になれば、空間が消え、時間の川に乗っている事になる。光もまた空間あっての光だからだ。空間のないところに光もまた無い。点がブラックホールであるように、ここでもまた我々はいつものように創世記をシュミレートする。『始めに光あり』は空間が出来た事を意味する。それ以前の空間なき暗黒をメンバーは通り過ぎて行かなければならないだろう。恐ろしい暗闇。人類が初めて経験する重い夜、それは手探りでたどり着く非常口なのだから。

 しかし、このことは何も抽象論やSFの話ではない。我々は何時も手探りで日常でも非常口を探しているのではないのか? 小説は現実とシンクロし、個人は世界とシンクロする。

 8年前に始まった小説「ゆめつなみ」は 現実の大津波や原子力事故とシンクロして今終わろうとしている。預言性のない表現は芸術とは成り得ない。

 芸術や宗教は人間の予言的拡大だからだ。しかし私、作者の個人的な無償性にも限度があり、すでにここでの表現が限界に来ている事を告白しなければならない。これは自然の終焉なのだ。

 言うべき事は言われ、与えるものは与えられた。消えるものは消え、現れるものは表れ、笑われるものはそうされ、思考されるべきものは考えられたのだ。すべては終わろうとしている。

 私の表現が終わる時、世界もシンクロして終わりを迎えるのだろうか?

 いやそうではなく、君の表現が終わらない限り、世界は終わらないだろう。世界は有り続ける、君が居る限り。世界は君の認識の映像なのだから。

 浦島は佐波に頼んで簡単なレトルトや缶詰をバスに運び入れた。行き先の時代は20年以内の時空で、今の貨幣が流通する場所だったので、金さえあれば食料には事欠かないと思われたが、浦島の用心深さがそうさせたのだった。浦島は佐波はこちらの時空に残すつもりだったのだったが、佐波の方がどうしてもみんなと行きたいと言い出していたので、むげに断る事を止め、同行に同意した。それに哀子の家は今もこの町に残っているが、通りには面して入るが、海の崖の行き止まりにあり、ひょっとすると船をチャーターして海側からの侵入が必要になるかもしれないと思い、船を操縦出来る佐波が必要になるかもしれないと思ったからだ。浦島は佐波が家族を残して行く事もあって念を押すつもりで佐波が夕食の準備に訪れたときに問いただした。

 「佐波さん、本当に大丈夫なのかなぁ〜。ご主人も娘さんも居るんだし、この屋敷を見ててくれてもいいんだよ。それも重要な仕事なんだよ。僕らが万が一帰れない時には遣ってほしい事もあるんだ。」

 佐波は言った。

 「浦島さん、もうこうなれば、どこへ行っても同じですよ。たとへどんな奇妙な世界でも、人間は生きてさえいれば、みんなと関わる事が出来、死んでしまえばみんなと同じかたまりになるだけでしょう。みんな、そのかたまりから出て来ただけですからね。おやじも娘も。私が居なくてもいずれそのかたまりに帰りますから。わたしは心配していません、いずれは一緒になるんですから。私はみんなのためなら何処へでも行きますよ、それは私の事ですから。」

 ここで浦島は今まで佐波を軽く見ていたのを恥、佐波こそがある意味本当の日常空間の覚者であり、机上の論者ではなく、家事をたんたんとこなして来た人生から滲み出る言葉によって自分を確立していた人である事を思い知った。

 それに比べて自分は文字どおりの机上でイメージだけを膨らませて来た人間であり、佐波に一言も助言などする権利は自らには無い事に思い当たった。

 もちろん人間は、いや、生物と言う者は食べると同時に食べられる者であり、被害者と同時に加害者であり、考えると同時に目には見えなくともその事を実行している者である神秘を生きている事は浦島にも解っていたのだが、佐波は確実に浦島達とりにわのメンバーよりも、リアリストであり、生活者であり、無意識ではあるが政治家であったのだ。

 浦島は単純な経験主義者ではなかったけれど、経験しなければ何も解らないと言う持論は持ち合わせていなかったけれど、やはり佐波と普段から接していて、彼女には生活実行者としての強さがあり、浦島の欠落したその部分を影ながら補っていてくれた事も事実だったのだ。

 浦島はその時には完全に納得して、

 「わかった、佐波さん、いっしょに行きましょう。」と言っていたのだった。

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光る森でみたもの2 そらしま作1104 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光る森でみたもの3 そらしま作1104