ゆ め つ な み 5

音泉 - 3

[ 人類の道行 2 ]

(木陰のための音楽 1007)

 
 

 

 

 
     

 セツは哀子の話をケータイや、病院へ出向いてのお見舞いを兼ねた会談で熱心に聞く事になり、哀子が持ちかけた哀子の著作を出版する事に本気で乗り気になっていく。こんな一大事が世界から隠されている事自体が不思議で、自分が遣らなくてもいずれは誰かが遣る事になり、そうであれば自分が今、真っ先に行なうべきであり、それは人類の歴史に関与することで、とてつもなく大きな仕事であると思い込んだのだった。

 話が進んで来ると哀子はケータイで不自由な左手を使って文章をセツに送って来るようになる。セツも出版費用を親から引き出そうとして,初めは自分の詩集を出版する事にしていたのだ。しかしそれはまんざら嘘でもなく、セツは自分の詩を哀子の自叙伝ともオカルト小説ともつかない文章の中に散りばめて、一種のコラボの形態をとった本を夢想していたのだった。それにより自分も確実に歴史的人物となるだろう。そんな人物が最早、その偉大な仕事を放棄して、自ら死ぬことはないし、とにかくこの仕事を誰が何と言おうと、世間的にどんな汚い手を使ってでも遂行死守して、世界に残さなければならないと思ったのだった。

 出版の話は確実に現実化していった。セツが以前出版した事のある純文学系の会社が三流のオカルト系出版社を自費ならという事で紹介してくれたし、セツもセツでとにかく哀子の本が日の目を見るのであればどんな出版社での流通でも構わないと思い、一旦これが世の中に出ればそれは自らの力に依って高級化して、話題になり次々と今まで鼻に掛けなっかった大手出版社も列をつくって哀子の原稿を待つようになるだろうと思ったのだ。

 「だからね、セツさん。その最終的な最後が20年先か30年先かは私には分らないけれど、その前に、確実に世界の人工は減って行くのだから、経済的にも労働人口が減り、商品が溢れ出して、パニックの予兆はかならず近いうちに訪れるからあなたにも分るはずよ。私の「血の爆弾」はすでにこの病院でも輸血の血の中に出回っていますもの。今でもすでに二人が一人の子供しか作らない夫婦が増えているんですからね。二人が一人になれば単純に人口は半減でしょ。二人が0であればおそらく60年で最後は来るわね。私たちは生きてないけれどね。もっともその前に世界は破綻するのよ、老人ばかりになって労働者がいなくなるもの。」

 哀子の声はケータイを少し耳から離していてもよく聞こえた。セツには哀子の理論は間違っていないように思えた。だとしたら自分も何度も病院での輸血を経験しており、確実に哀子のその検知されないウィルスの洗礼を受けていると思われた。女としての自分には直接の影響はないが、将来ペアになるかも知れないパートナーの相手には確実にそのウィルスを感染させる事になるだろう。そうして人類は減って行き、そして誰も居なくなるのだ。

 セツはその事を思うにつけ、何か安らぎのようなものを感じていた。どんな事でも結果が分っているから人は安心して居られるのだと思った。セツの自殺願望は人類の道行にまで肥大拡大したのだから。自分個人など問題ではなくなったのだ。人類が自殺に向かって突進しているのだ。

 
 

 2,3日して「とりにわ」のメンバー達がセツの快気祝いをやろうと言う事になり浦島の屋敷に集まっていた。

 「あらあら、浦島さん、どうですかこの赤飯。横須賀名物のカレー赤飯だと言う事で買ってみたんですよ、馴染みの和菓子屋の同級生のよねさんから、まずくないといいんですがね。」

 「どれどれ、ちょっと味見。」

 そう言うと浦島は赤飯をつまんで

 「ほほう〜、カレーピラフだねこれ、なかなかいけるよ。」

 「そうですか、それはよかったです、よねさんの顔も立ちますし。よねさんの提案で今年の夏から商品化したんだそうですよ。」

 佐波が忙しく赤飯に南天の葉を乗せて回る中、

「みなさん、こんにちは、どうもおさわがせ、でももう大丈夫です。」

 と、セツが登場する。

 「やあ、セッちゃん、久しぶり、まぁ座ってよ。」

 浦島が言って

「みなさん、きょうはセッちゃんの快気祝いと言う事で集まって一杯飲もうと言う事でして、佐波さんに季節もんのハモや江戸前のシャコなんかも入れてもらいました。乾杯の前にセッちゃんから一言。」

 「・・・、みなさんご心配おかけしてすみません。もうすっかり元気です。病院では色々な事がありまして精神的にも前より何かはっきりと霧がはれたような気がします。追々お話しますが、今度ある人と一緒に本を出す事になりました。みなさんにも読んでもらえれば有り難いし、販売にも協力して欲しいんです。とても重要な本なんです。人類の行く末が掛かっているといっても過言ではないんです。宜しく御願いします。」

 そう言うとセツはちょこんとロココ調の椅子に座った。

 「セッちゃん、人類の行く末かい、これまた大きく出たね、いつからそんなにキャッチ・コピーがうまくなったかねぇ〜。」

 船渡がいって浦島が続けて

 「まあまあ、とりあえず乾杯しようよ、みっちゃん、乾杯の音頭やってよ。」

 「それではみなさん、セッちゃんの快復を祝しまして 乾杯!」

 メンバーはそれぞれ箸を取った。メンバーはセツへのなぐさめも兼ね、それぞれが交代でセツの席までビールーを注ぎに立った。

 セツは一口ビールを飲んでは次の酌を受けなければならなかった。

 「それでセツさん、歌の詩のほうは大丈夫なのかなぁ、曲はできているんで早めによろしくね。」

 真実が言って

 「ええ、大丈夫、退院してからグンと詩が湧いて来たの。ある場所へ行った事が切っ掛けでね、すぐにメールで送るわよ。」

 「へぇ〜、その場所って何処ですか?」

 「草津温泉」

 「あら、演歌の作詞家みたいですね。」

 そう言ってセツと真美が笑っているところへ船渡がきて

 「セツさん、まぁ一杯。それでその人類の行く末ってどういう事なの。政治家としてもそれは聞き流す訳にはいかないからね。今度の選挙にも大きく影響するコンセプトかもしれないじゃない。」

 「そうよセッちゃん、私も知りたいわ。」

 船渡によりそっていた路子もそう言ったのでセツもやっと腰をあげ

 メンバーに向かって立って話し出した。

 「実はみなさん、私、今回の入院でとっても不思議な御婦人にお会いしまして、今度出す本もその方との共著なんです。その方は人類の将来に着いて決定的な確信をお持ちでして、それは人類は近いうちに居なくなると言うものだったんです。わたしも始めは信じがたいと思いましたが、お話を聞くうちにどうもその方の言っている事につじつまがあり、詳しくは本が出版されたら読んで頂く事として、今日は大まかな事しか言いませんが、とにかくあるウィルスによって人類は滅びるのです。末法思想はいつの時代にもあるとお思いかもしれませんが、何も彗星が衝突するとか、大地震が来るとか、核爆弾の世界大戦とか、劇的な大惨事など無くても割とあっさりとそれは起こるかもしれないのです。知人があっけなくあっさりと死んで居なくなってしまうように、人類も音無く居なくなるのかもしれません。それはそれでそれだけの事と達観する方もおありでしょうが、私はひそかにそのことによって安らぎを得ているのです。いつ終わりが来るか解らないものに安らぐ事はできませんから。」

 そうセツが言って間があいた時に船渡が

 「セツさん出版の前フリにしては深刻だなぁ、本当にその人物は信頼できるのかなぁ。そのウィルスとやらも科学的な根拠も無いんでしょう。」

 「その方はむかしは科学者でウィルスの研究をされていた学者でした。私が信用したのはその方がウィルスをばらまいたと自らおっしゃったからです。」

 「セツ、それって大変な事だよ、小さな犯罪じゃぁないんだよ、もしその事が本当だとしたら。きみはそんな事に加担すべきじゃぁないんじゃないのかい。」

 崇が血相を変えて言ったのでセツはこれ以上詳しくはこの場では話すのを止める事にしたのだ。

 

 

 「まあ、ご意見はいろいろあるとは思いますが、本当に本を読んで頂いてからまたご意見を伺う場を作って頂いて、最終的な結論を出したいと思います。」

 そう言ってセツが座り込んでしまったので後はそれぞれのメンバーどうしの雑談会食となった。しかしその中でも崇と真美だけは先ほどのセツの話を不吉な気持ちで聞いていた。

 真美は幼く哀子の事はぼんやりと母親のような人がいたことしか記憶に無かったのだが、崇の方はすでに物心があり、自分自身の放火犯としての痛い経験もあったので、哀子の情報についてはある程度の知識と記憶が残っていたのだ。親と相談して哀子を民事で訴える寸前までいったと記憶していた。その時のデータ収集によれば、哀子がこの辺りの病院に重度の身体障害で長期入院している事だけはわかっており、それが自然の与えた罰である事を両親と納得して控訴を取り下げた経験が蘇って来たのだった。しかし哀子には少なからず財産があり、お抱えの弁護士にも逢って、示談の交渉の話し合いに両親と久里浜の哀子の家へも行った事があったのだった。

 崇は直感的にセツの病院で逢った婦人というのは哀子ではないかと思っていた。しかし今はその証拠はない。本を読んでからでも遅くはないと思ったのだ。それに今,退院したばかりのセツにその事を持ち出すのも酷かと思われ、ここはしばらく様子を見る事にしたのだった。

 しかし崇は確信だけは得るつもりでさりげなくセツに話しかけた。

 「ねえ、セツ、その御婦人とやらは名前なんて言うの?ひょっとしたら知っている作家かもしれないしね。」

 「作家、芸術家ではなく科学者よ、藍山哀子って言うの。」

 「・・・」

 崇はやっぱりそうかと思ったが、口には出さず

 「ふ〜ん、そう。」

 とだけ言った。

 
 

 そこへ真白素が挨拶に来たので崇は身を引いた。崇もセツとの関係が醒めているのを感じていたからだ。

 「セツさん、あなたがそんなに御悩みなのを私は少しも知らず申し訳ない次第です。知っていれば年寄りとして何か助言が出来たかもしれません。でも私の経験ですと、死のうとしている人に死ぬな死ぬなと言ってもあまり効果はありません。死のうとした事のある人が帰還した自分の経験を話すしかないのです。自殺を考えた事の無い人間など信用する事は実は出来ないのです。物事はそこまで突き詰めなければなりませんし、人生は当たりくじの連続ではありませんからね。人を殺してでも自分は生きて行かなければならないと思っている人も居るにはいますが、それは一種の鈍感性、無知な思考停止を自分に暗示しているだけですから。帰って来た人はそれぞれに自分を救ってくれたものを見ているはずです。それがその人の「神」でしょう。私には絵画と言うミューズがあります。セツさんにはおそらく詩のビーナスが現れた事と思います。

 芸術は個人的には恐らくそのためだけにあるのです。それはぎりぎりの処にしか立ち現れないでしょう。そのためにその人は生きようとそこから立ち上がるのです。芸術は一時的な慰めや、飾り物や商品ではありません。あなたはそれを経験されました。芸術と対面されたのです。」

 そう言うと真白素は赤いワインの入ったワイングラスをセツの頭上に差し上げたのだった。

 

     

 

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 使用されている音楽 [synchronix] は、ギターシンセサイザーによる、ヴァイオリン、サックス、フルート、ウッドベース、エレキベース、録音による尺八、三味線、ドラム、パーッカッション、リアルノイズ音、編集ミキシングはすべて「そらしま」によるオリジナルです。

 何時アクセスされても半永久的に同じフレーズの主題は流れません。一日流れていても飽きのこないアンビエントとして制作されました。

 また使用されている立像 ( ぼける立体 { 暈体土帰 } うんたいどき) はすべて ”そらしま” によるオリジナルで陶器製です。