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「先生もハダカに・・・・・」

 練金術はやわかり 

 あるいは「自殺はやめなさい。」

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哲 学 者 の 薔 薇 園
by そらしま

図-2

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. 図2に移ろう。王と女王は着衣のまま出会い、左手を繋いで太陽と月の上に乗っている。

. 二人はまだ着衣のままで真に心を裸にした出会いではない。彼等はまだ習慣的な日常におり、相手

の自然な姿を見る事はない。患者と医師が初対面で診察室で対面するように。マイホームパパがラベン

ダーの海の海面しかまだ見ていないように。

. それに握手は普通右手でするのが普通である。それはこの出合いがすでに、右手の意識に対して左

手の無意識中でのお互いの交換を暗示しているのだ。

. 右手と言えば二股になった花をお互いが差し出して交差させている。

. 上方には「ノアの洪水」の時の洪水の終わりを告げたハトのような鳥が星から現れている。洪水は

全地球の禊(ミソギ)だ。キリスト教の洗礼は頭まで水に浸かってそれをシュミレートする。箱舟は海

上を東西南北に移動して世界に十字を切り、マンダラ的に世界を4分割する。キリスト処刑の十字架は

それ自体が四重の世界を表すマンダラだ。

. ハトも上方から一輪の花を差し下ろして交差に参加している。王の差し出した花は男性的要素である

火と大気の能動性。女王のそれは受動的要素の水と大地。それにハトの天上からの和解の力をそれぞれ

に表している。ここでも繰り返し練金術のおおまかな作業のモデルが示される。男性的な意志と女性的

な無意識は自然の助けにより意識上で中和するのだ。これは三位一体の悟得の事でもある。それはメリ

クリウス(無意識)が男性的、女性的、神的な三重構造であることも暗示している。

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. 王(意識)と女王(無意識)はそれぞれに投影する関係でもある。パパはママに自身の母親を投影

し、ママはパパに父親を投影しているため、一度も相手の真の姿を見る事なく、多くの夫婦のように永

久に不幸なのだ。まず我々はその事を解決するためには己の真の姿を眺める必要がある。そのための術

が錬金術なのだ。

. 錬金術の王と女王は医師と患者、意識と無意識を表すので、主役である王は男性読者を対象とし、

現代に於いては女性読者はその性別を逆に読み取らなければならない。これは近代までの知的文化が男

性を対象としてきた悪癖の証拠である。

. ともあれ男性の内的アニマと、女性の内的異性としてのアニムスは、それぞれ複雑に交差する意識

投影の関係を心理的には示す。ユングの作ったその単純な関係表を下記に示す。

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a
単純な個人的関係

b
男性(女性)が彼のアニマ(アニムス)と結ぶ関係

c
アニマに対するアニムスの関係、及びその逆。

d
男性アニムスの女性に対する関係、及びその逆。

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. 手術で入院した経験のある人ならば容易に理解出来る事だが、退院時などに患者は医師や看護婦な

どに対して一種の愛情を抱く事がある。いままでの苦痛を取り除いてくれた者に対しての自然な感情で

あるが、これは「ラポール」と心理学で呼ばれる意識投影である。医師と看護婦は仕事としてしたまで

の事でも患者にはそれが「大いなる愛」として感じられるのだ。

. 時としてそれは恋愛感情まで「転移」する事がある。これは教師と生徒、上司と部下でも起りうる

し、「逆転移」と言う逆さの関係もある。患者に対して医師の哀れみが恋愛まで変化する事である。

. これはパパにも痛い経験がある。もてるはずもないパパが急に部下の聖子にもてはじめたのは、母

子家庭で育った彼女の父性の、パパへの転移に違いなかったし、パパもパパで聖子の不遇な家庭環境の

話しを聞いている内に同情的になり、その感情が恋愛感情と似たものとなり、家庭をも巻き込む騒動に

なったからだった。しかしお互いの心理内部で起っている事はもっと複雑であった。

. パパは実は見かけによらず悪女タイプの女がアニマであったのだが、聖子の方と言えばアニムスは

遊び人タイプの男だった。だがパパはそれとは似ても似つかない暗い真面目なタイプだったのだ。しか

しパパの内なるアニマと聖子のアニムスとの気が合ったのだ。

. それは二人には理解する事の出来ない無意識な吸引力だったのだ。

. そう言う訳で今日も世界各地で色々な王と女王が出会いさまざまな投影と転移が繰り返されてい

る。

. さてもう一度図に戻ろう。

. 登場者が王と女王であって普通の男女ではないのは理由があり、錬金術の重要なテーマ「近親婚」

を表している。近親婚は王権の特権であり「家の保存性」である。日本でも近親婚は家元制の持続や旧

家では近代以前まで行われており、庶民とは一線を引くものである。最近(0602)でも皇室典範の改

正などが問題になる今日この頃ではあるが、これは簡単にいえば Y 染色体の持続である。

. これは女性染色体のXXは、男性のXYのYを引き継がない事に原因している。そこで女性が跡継ぎに

なった場合早急に次の代の子が同族の男性と結婚する必要が起る。これが近親婚が行われる理由である

が、錬金術でのそれはあくまで心理的な婚礼を暗示意味している。

. 図の王と女王は外的な意志と内的な異性との和合を表している。この場合の王と女王はそれぞれ独立

した国のそれであって、王と妃ではない。それぞれの王国(意識と無意識)を持つ者どうしの出会いな

のだ。

. 王と女王は対立の象徴であり、時々一緒に現れる太陽と月もそうなのだが、二組が同時に登場する

場合は太陽と月はより内的、抽象的に内在している対立物を表す。

. 「対立物の合一」の認識は古今東西を問わず一種の「悟り」の状態を言っているのであり、文章的

にも図版的にも表現不可能な矛盾的境地であるので、古来よりタオマークや両性具有者のように辛うじ

て対立両者の同時出現や一体化として表現するしかなかったのだが、これはあくまでも仮の表現であ

る。白と黒が同じ画面に登場してもそれは「対立物の合一」の表現にはならない。灰色でなければなら

ないのだ。しかし灰色を描いた瞬間にそれはあらゆる中間色を引き連れて来てしまう。

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. 王と女王は旧訳聖書(ユダヤ教聖典)のアダムとエヴァでもある。エヴァはアダムのろっ骨から生

まれ、エヴァの生まれる前はアダムが両性具有であった事を示す。その前のアダムは土から発生し、そ

れはアダムが土(第一物質・プリママテリア)の「何処にでもあり気が付かないもの」の中からの出現

した事を意味している。

. それは錬金術の「薔薇園の散策」が「アダムの創造」の逆体験の再現である事を意味している。

. なんとそれはパパの人生、我々の人生が「逆アダムの創造」の体験である事を暗示しているのでは

ないか。我々は究極的には「対立物の合一」を見、「アンドロギウス・両性具有者」になり、土へと帰

るのである。ここでもまた上の神話と我々下々の人生が一致する。

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