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[コレクション・ルーム]

by sorasima

「 あるいは猪俣の部屋で(イノマタ・メモ)

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 「みっちゃん、そろそろ隣の部屋へ行ってみない。音はどの部屋でも聞こえるから。部屋によってセンサーが感じた曲調になるけどね。音楽はこの部屋ですべてコントロールしているからね。」

 「あと何れくらい部屋があるのかなぁ、そうとう広いお家だけど。」

 「あと四つ。三十畳くらいのがね。その上がきのう居た展望台と、ソーラーのある屋上。」

 そう言うと浦島はリスニング・ルームの向かって右側のドアを開け中に入ったので路子も後に続いた。

 隣の部屋も薄暗かったのだがすぐに目が慣れた。中には普通の日常的な家具が置かれていて、路子の期待を裏切った。路子は何か庭での体験のような変な仕掛けを期待していたのだ。

 普通でないのは天井が高く、抽象的な柄のステンドグラスが貼ってあった事と、床も全面が擦りガラスのはめごろしで、下に光源があり、ぼんやりと光り輝いている事だった。

 「おじさま、割と普通ね。」

 そう言って路子はもう一度部屋を見渡した。

 その三十畳位の大きさの部屋は壁には何も掛かっておらず、白い背丈の長いカーテンが全体を回っており、上からの自然光だろうステンドグラスを通した光りが抽象的な柄を映していた。

 それはカーテンのひだに重なって揺れており、路子は単純に綺麗だと思った。

 「ここは猪俣のコレックション・ルームさ。」

 浦島がそう言ったので路子はもう一度当たりを見回した。

 「コレクションって何を?」

 「家具さ、ここにある。」

 「家具?」

 路子はここにあるものが極めてふつうの物にしか見えなかったので浦島にそう聞き返した。

 「みっちゃん、のど乾かない?何か飲む?」

 「ええ。」

 二人は奥の冷蔵庫のある方の壁に近づいて行ったが、そこにあったのは巨大な業務用かと思われるもので、形は普通の家庭でよく見かける白いタイプだった。

 浦島が力を入れてその大きなドアを開けたので中に並んでいるペットボトルや食品などが見えたが、そのペットボトルも業務用らしくやたらに大きなものだった。

 「みっちゃん、これもって真ん中のテーブルの所へ行っててよ。」

 浦島にそう言われて路子はその大きなジンジャーエールを抱えて部屋の中央へと向かった。

 浦島も路子の後ろでカチャカチャと音を立ててついて来たので、グラスを持って来たのだろうと、路子は振り返りもしないで想像した。

 中央のテーブルまで来てジンジャーエールをテーブルに置こうとして路子はあっけにとられた。

 テーブルの高さが路子の背の高さほどあったのだ。

 「どういう事、おじさま、これじゃあ座れないわね、椅子も普通のテーブルの高さほどあるし。」

 「だいじょうぶだよ、みっちゃん、背伸びすれば腰掛けられるよ。」

 路子はそう言われてテーブルに腰掛けるように椅子に座ってみたのだが、それでもテーブルの板は路子の首の所にあったのだ。

 そこにやっとの思いでジンジャーエールのボトルを置いて、自分が何故こんな思いをしなければいけないのかを考えると、なぜか笑いがこみ上げて来た。

 「おじさま、この小道具だけでTVのギャグコントになるわね。端から見たらおかしくない?我々。」

 「まあね。」

 浦島は軽くそう言うと、持って来たウィスキーグラスを二つ、背のびをしてテーブルの上に置いた。

 そのグラスもグラスと言うよりも、ガラスの花瓶のように大きかったのだ。

 それに一升瓶のようなペットボトルを抱えながら冷えたジンジャーエールを少なめに注いだ。

 「猪俣は大きなものが好きで、世界中からネットで取り寄せていたんだけど、この部屋はそのコレクションを収納してある場所なんだよ。」

 「大きな物ねぇ。それに一体何の意味があるんだろう。」

 「さあね、猪俣に聞いてよ、みっちゃん。」

 路子はこんな姿勢でジンジャーエールを飲むのはばかげているし、間が抜けていると思い、しばらくグラスに手を出さなかったのだが、さすがに喉も乾いて来て、その大きなグラスに両手を掛けて茶道のお茶を飲むように、一気に飲み干してしまった。

 『まるで、不思議の国のアリスね。』心の中でそう想ったのだが口にはださなかった。ありふれた言い回しのような気がしたのだ。

 まさか浦島が路子への嫌がらせでこんな事をしているとは思わなかったが、これは一体、自分が体験しなければいけない事なのかどうかが、もう一つはっきりしなかった。部屋自体が悪い幼稚な冗談のように思えた。

 それは安っぽい遊園地の見せ物のようだと感じていたのだ。

 その安っぽさを救っていたのは、この部屋の普通の二倍もある調度品のセンスの良さだけだった。

 それらの色調は無彩色で木製の家具は白木で厚みが薄く、大きさの割には軽そうで、この世離れしており、金属の家具や機械類も黒、白、グレー、銀色で統一されていた。

 色といえば白いカーテンに映っているステンドグラスの薄い色彩だけだったのだが、それが丁度バランスのとれた暖かみのある塗装を部屋中に与えていた。

 路子と浦島は無口になった。 

 この部屋がそうさせているのだ。

 二人とも何かは話さなければいけない必然を感じなかった。

 路子は自分がまだ幼く、まだまだ物心もついていないような頃の夕暮れに、この今のようにテーブルに座り、何かを待っていた経験がある事を思い出した。

 あれは、あの時は、自分は一体何を待って居たんだろうか。

 出かけて行って帰ってこない母親だったのか、それとも本当に二度と戻らない父親の事だったのだろうか。

 それとも母親に叱られて、捨てに行った子犬が戻るのを待っていたのだろうか。

 部屋のスイッチにも手が届かず、暮れて行く暗い部屋で、独り遠くからの風の音に耳を澄ませながら、生きて行く事の寂しさを初めて無意識で受け止めていたあの時の状況のようだと路子は思った。

 『ああそうだわ、早くしないとすべてが終わってしまうんだわ。この世に人を裏切ったり、羨んだりしている暇は無いんだわ。いくらそうしてみても一向に自分の道は広がらず、より分かりにくい複雑な袋小路へと自分を追い込んで行くだけなんだし、それなら堂々と大通りを行く方が早道なんだわ。』

 なぜか路子に、自らの中から湧いて来た道徳のようなものが浮かんだ。

 『あの時のテーブルの前と、今このテーブルの前に居る自分との時空が、かりそめの時間のような気がするもの。』路子はそう思って我に帰り浦島の横顔を見た。

 「どう、みっちゃん、深く入ってるようだけど。猪俣もバカじゃないから意味なく大きな物を集めた訳ではないと思うけど、もう一つ僕には分からないんだよね。ただこの部屋、心理的に何かを変化させるよね。そう言う力があるんだ。猪俣がそのつもりで遣ったかどうかは別として。」

 「ええ、子供になるわね。」

 「子供?どう言う意味?」

 「子供の視線って事。子供の頃ってすべてが大きいのよ。」

 「ああそうか、そう言う事なら納得がいくね。あそこのタンスの大きな引き出しに猪俣の描いた子供の絵のようなものが沢山入っていたからね。」

 「そう、それここで描いたのかしら、猪俣さん。」

 「そうだよ。このテーブルで。クレヨンの跡が沢山残っていたからね。消すのが大変だったよベンジンで。」

 「ふ〜ん、猪俣さんも変な人ね。絵も描いていたのかしらね。」

 「いやぁ、みっちゃんと比べたら字と同じでへたへたさ。自分のために描いていたんだとおもうよ、一種のリハビリさ。」

 「リハビリ?何の。」

 「みちゃん、誰だってこんなご時世、大なり小なりどこかおかしいじゃない、精神的に。」

 「そうね、それはそうだけど、これ私の直感だけど猪俣さん、もう少し深い事考えていたような気がするの。」

 「ほ〜ぅ、猪俣もみっちゃんにそういって貰えるとは思ってもみなかったと思うけど。」

 「この部屋、何かを創り出す機械なんだわ、きっと。人の力を借りて。あのオーディオのように。無意識の壷の中で。人の思い出の炉の中で。人が関わる事によって何かを発生させる機械なのよ。」

 「みっちゃん、その通り。」 

 そう言って浦島がタバコに火を付けて吸ったので、その煙が路子の首の位置のテーブルの板の上に漂って、それに天井からの色の光りが当たり、それが一瞬路子にはくちばしのある鳥のように見えた。あるいは白い蝙蝠だったのかも知れない。それとも白い羽根の先が虹色のフェニックス。かげろうのように朝日で死んでしまうこわれもの。でもそれは又、渦巻きながら再生するだろう青い蔓。

 それは路子のテーブルに乗せた手のひらの所まで来て、くちばしで手のひらをつっついたようなリアルな体感があって、路子はそれがこれ以上こちらに来ないように手のひらでスットプの仕草をしたほどだった。

 「みっちゃん、もう独りで大丈夫だよ。部屋に受け入れられたからね。僕は下の温室にいるから終わったら来てよ。」

 「おじさま、全室案内してくれるんじゃなかったの。」

 「大丈夫、後は部屋自身が案内するさ。僕なんかよりもね。」

 そう言うと浦島はさっさとリスニングルームのドアを開けてその中へ消えてしまったのだ。

 『終わる?終わるって何が。』

 そう思って路子は足の付かない椅子を降りて、部屋の中を歩き回った。

 すべてが大きくて路子には負担だった。それは大人の重圧、リアルな重力で路子にのしかかる。

 それらは『幼子のようにならなければ、私の国へは入れない。』(キリスト)に反していた。

 それは今の路子の、子供のようである路子の、無邪気な無力な国では不要のもの、産まれてすぐに与えられた宝石とは無縁のもの。ここでは路子はしっかりと立っていなければならない。その青いか細いパイロットランプの配線を切らないように。路子の幼子のような信号は、この部屋の全体によって増幅され、物理的な信号に変わって行くのだ。カーテンに映っている抽象的な柄は、路子にとっての幼い頃の意味のある思い出へと変質する。それは文字を知る前の文字を体現していたのだから。我々の人生が人類史をホロニックに実現しているように。路子はそのように人を代表する子供となって、次の部屋のドアを開けようとする。

 他にはドアが無くその扉を開けて進むしかなかった。ドアの大きな高すぎる取っ手に手が触れた時、床の液晶ガラスに電源が入って、磨りガラスが透明になった。その床の下は海だったのだ。

 驚いた路子は素早くドアの取手にしがみついた。

 足の下は深く、緑色で、魚のシルエットが泳いでいる深淵だったのだから。 それは何時か路子も行く処、その緑色の静寂、今はまだ吸い込まれたくない深淵、深緑色のその停止。

 ガラスの床の下はプールのようになっていたのだが、色の着いた少しとろみのある液体のために深さは分からない。その青い粘液のために波がスローモーションのように揺れていた。

 照明は路子が動く度に変化したので、路子の生体の何かをセンサーしているのだろう。

 振り向くとカーテンに映っている光彩が何か生きているもののように見え、そこに床の波紋が重なって映り、壁も内なる池と化し、それは立体的なアニメーションとなって路子の方へ迫ってくるように見えた。

 その抽象的な魚達は群れとなって全体で一つの大きな形態を形作り、一つの生き物となり、何か粋な着物を着た女のように路子には見え始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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