Synchronix Sounds System Live Consert 「乾かない音楽」

ステージ/4

楽曲 [ 人を赦す前に自分を赦せ ]

あるいは小説 ゆめつなみ 3章 「 た ま お う ぎ 」4

紅姫

by sorasima

   
 
 
 

 
 

「空にいるルーシー0909」

紙B5に木炭による壁からのデカルコマニー(拓本)に墨

 
     
     

     

     

 

 

 

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 Synchronix Sounds System シンクロニズム・サウンズ・システム のここでのライブコンサートは小説「ゆめつなみ」第三章 たまおうぎ に移行して、コンサート会場は横須賀に移動。その主催者、紅姫は20歳になっており、哀子に地下の隠れ家に連れて来られ解放されて以来、15年がたち、実家に帰って普通の生活を取り戻して、同世代の女の子ともファッション雑誌を片手にキャッキャ、キャッキャと話も出来る高校生活も無事通過して、大学から帰るとすぐにピアノに向かうような、音楽好きな普通の女の子に育っていたのだが、横須賀の実家の祭り道具をあつかう老舗の木造の家では、近所への音の漏れも気になってなかなか大きな音も立てられず、もっぱらパソコンへの打ち込みによるMIDや、JBLのヘッドホンを繋いだギターシンセで音楽を創っていたのだが、そこはそれ見た目の大学生とは少し違った内面を隠し持った彼女は、根っからのその純粋性に於いて、同世代の女の子がロックバンドに誘うのに脇目もふれず、只ひたすら自分の中から湧いて来る、ロックよりもっと抽象的な音を現実にしたいと言う衝動から、一途に作曲に専念する特異な女の子でもあったのだ。

 彼女のやりたいのはPOPSではなく、純粋な音楽であり、商業主義の束縛を受けない、売れる売れないの呪縛から解放された自由言語としての音楽だった。

 7才から15才までの頃、ピアノを習った近所の音大の女の先生が、現代音楽の作曲家であった事もあり、たいがいみんなが憧れてしまう演奏家への、ほとんど不可能な道へは流れ込まず、先生も先生で演奏法よりも作曲法に重点を置き教えようとしたので、自然に紅姫も作曲にこそ音楽の醍醐味と創造性があると思い込んでしまったのだ。そこでピアノの演奏技術はなおざりにされたので、とても音大を受けるほどのテクニックは身に付かず、しかたなく教育大の音楽教師のコースを選んで受けてみたらなんなく入学でき、将来はどこかの高校の教師にでもなるべくぼんやりした日々を過ごしていた。

 しかし、趣味的にやっている作曲の音楽理論や作曲法やパソコンでの編集法はなんら苦労せず、好きこそものの上手なれで本などから身に付いたが、従来の作曲法では自分の現したい音にはほど遠い事を、遣れば遣るほど思い知る事になり、紅姫は最終的には作曲法自体を新しく生み出すことこそ真の創造性である事に、はたと気づいたのであった。

 20才そこそこでこの事に思い当たるほど紅姫は早熟で天才的だった。しかし周りの家族やら同級生やらにはこの精神性は隠されていた。

 同級生より特異な才能は、彼らのコンプレックスを誘発し、自分がいじめの対称になる事を恐れたからだ。そうでなくとも同級生たちは、いじめる対象を目を光らせて探しており、青春期独特のコンプレックスが固定される季節の、青臭い暴力を紅姫は出来るだけ回避すべき事ぐらいは分かる知性はあったのだった。

 教室は社会の縮図であり、付き合うべき人間は数少なく限られていたし、それぞれがまだ柔らかい幼虫のような感性をお互いに擦り合い、傷つけ合う、そこは虫かごのような箱庭だったのだ。

 紅姫こと鷲見 真美は学校とは別のサークルで音楽活動を開始していた。同級生のロックバンド系の誘いには「リズムはどうもねぇ。」と答え、クラシック系の部活の誘いには「アドリブがないとねぇ。」と答えていた。真美の音楽性はすでに学園祭などで教室では知られており、そのルックスの神秘性と、人格的なカリスマで誘いが後を絶たなかったのだ。それは断っても必用に続いた。そこで一気に自分の音楽の方向性を、大きく妥協無く、表明しておく必要があったのだ。誘いがいかに勘違いである事がみんなに分かるように。

 真美は親に横須賀駅前の小ールでのコンサートの開催費用を打診してみた。親もこの不況で祭りの寄付も減っていて、規模が毎年縮小されて行く現状で、用品の売り上げも半減していたのだが、音楽関係の教育には金が掛かることは始めから覚悟していたので、それはそれですんなりと出資してくれた。それにきっちり客さへ入れば、ホールの借り代とアンプなどのレンタル代はチケットの印刷代も含めてペイできるはずだった。

 真美はカルテットを大学以外の現代音楽サークルの仲間と結成しており、ギターの真美の他に、パーカッションの女の子とベースの男の子、キーボードの女の子の4人編成で、真美のギターや、ベースの子の楽器はエレキやガットギター、ウッドベースと自由自在に持ち替えられ、パーカションの機材はドラから、大きな水の入った貝殻までがセッティングされて舞台の面積の半分ほどにもなった。各自の演奏者は即興で全体の音を聞きながらの即興演奏に集中した。楽器編成はロックバンドそのものだったが、ステージ・ヴィジュアルは現代音楽のコンサートのそれだった。真美と他の女の子は黒のイブニングドレスを着ていたし、ベースの男の子はモーニング着用だった。全員椅子に座って立つ事は無く、乗りはクラシックのコンサート風だった。違いと言えばステージ後ろ上のスクリーンに映されているパソコンからの映像だけだった。映像はベースの男の子の制作したものが使われた。何よりも真美が気に入っていたし、見ようによってはそれは何か不思議な生き物、現世的ではない獣に見えたから。それに時々挿入されている日常的な風景も、シンメトリーにするだけで、シュールな霊界と化している事も真美には面白かった。それは何時か見た、自分が生を受ける前の、遠いランドスケープのように音が無く静かだったから。

 コンサートは普通のバンドのそれのように劇的な演出は一切無く、幕も上がらず、5時間弱ぶっ続けで切れ目無く演奏され、途中バンドのメンバーもトイレや飲食で居なくなるラフなもので、客もチケットさえ見せれば出入り自由で、客席には椅子も無く絨毯が敷かれていたので、中には寝転んで聞いている者もおり、まるで野外コンサートの乗りだった。演奏者は各自ループマシンを操作していたので、いなくても自動で今演奏したフレーズがリピートするのだった。それで打楽器の短いフレーズは自然とリズム化していた。しかし曲に本格的なビートのついたものはなく、ダンスには向かなかったので、客席は比較的静かで場内は瞑想的になった。ロック系の客には少し退屈だと思われたので、中頃には客は半分になった。

 真美の遣りたかったのは一種のアンビエントで、歌は入らなかったが、途中で頼んでおいたオペラ歌手志望の子がケータイで参加した。ケータイの音質の悪さはシンセを通して変換され風に乗って遠くから聞こえて来る声のように聞こえた。

 その客席のなかに区会議員の船渡ふなわたりが居た。船渡は浦島や猪俣の同級生で幼なじみだった。

 船渡は無所属だったがバックボーンはしっかりしていた。それはある世界的な結社の後ろ盾だったのだ。その結社は世界中に政治家を輩出しており、グローバルな国境を超えたネットワークを築きつつあった。

 

 

 

 
 

●音楽仕様 / ギターシンセサイザー + BOSS Loop Station

 
 

 

 
 

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