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小説   ゆ  め  つ  な  み

.第一章

エピローグ epilogue

02

東 京 TOKYO 0 FLOOR 零 階
by SORASIMA

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のそのそと 音づれる 東京不音

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. 080424

. 春で花が咲く。

. 春休みの子供が海辺の歩道を歩き回っている。子供は無邪気にツツジの蜜を蝶のように吸って遊んでいる。きっと誰かが教えた事に、みんながつられて伝染したのだろう。10人もいるだろうかその子供達が一斉に浦島の方を見た。

. 海を背に花をくわえて整列した子供。

. そのイメージは永遠に浦島の中に残る。

. 花が一斉に咲き始めた中にいる事に、だんだんと息苦しくなる。植物のリビドー(性力)が視覚化して花になるのだから、それは性的な安っぽい香水の海の中にいるようなものだ。虫をいかに引き寄せるかの傍目を構わない客引きの競演だ。

. ハトは体を膨らませ、メスを追い掛け、人は羽振り良く見せるためにミエをはるのだが、浦島にはそんな元気もないのだ。

. 華と言えば中国だが、今日も中国の聖火ランナーの妨害問題が話題になっている。浦島の持論としては、これは西洋の未来での仏教化を無意識的に孕んだものであり、その予言的な現れで、西洋がキリスト教のドグマから逃げようとする無意識がチベットへの共感となって現れたものであると思えるのだ。

. 中国も中国で、世界の民主資本主義の場を読み取るセンスが時代遅れで、世界各地に自国のガードマンなどをその国の警備体制を無視して派遣する事など、中央集権国家の反民主主義的な勘違いで、中国の宣伝に逆効果である事を自らが分かっていないのである。アジアの人工文化を、一手に昔から引き受けて来た中華文明は、どこまでも人工的である。

. しかし唯物的な熱は全世界的に統治しており、神秘主義は山の高地の片隅に追いやられている。だが、真っ先に唯物論の歪みは、この山岳地帯の水不足となってすでに表れている。先進国でヒステリックになっているエコロジーも、実は唯物論者の仮設的な神秘主義に他ならない。ゆえにこれは一種の神話であり、絶対的な解決策ではない事は先進国が充分承知している。われわれは今さら車やプラスティックの生活を放棄出来ないので、それに替わる科学技術を大望している。これは「そのうちなんとか成るだろう」に他ならない。

. そんな事をぼんやりと考えていた浦島に、iPodから聞こえて来たのは、若いパンクバンドの女の子が歌う「あんこツバキは恋の花」で「アンコ、アンコ」とシャウトするリフレインが、浦島には独自の意味を帯びたコマンドとなって、心の中へと侵入して来たのだった。

. すなわち「アンコ、アンコ」は浦島にとっては「アンコンシャス、アンコンシャス」であり、それは無意識を意味しており、無意識なる大王「アンコ;unconsciousness」からの勅令であった。

. いわく「無意識からの連絡には三日の誤差があり、それはワンウェイな通信に限られる」である。

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. 物理的無意識である海はどこまでも重く、その逆立った表面は外光を跳ね返しその色を装っていた。そこから流れ着く漂流物はリアルな刺々しさが洗われて、すべて丸みを帯びた思い出になっていた。

. テトラポットの上のウミネコは整列して沖を見ている。水平線から重大な答えを積んだマストが見えるのを待っているのだ。

. 浦島はまだ仕事を決めかねている。ほとほと、困った。ほっとする日は何時までも遣って来ない。なかなか、大局的な方向が出て来ないのだ。内側からリーチ(立直)がかからない。

. 一つの解答で、すべての細部の解決が大挙して遣って来る事はおそらくもうないだろう。外部は多様化して、そのデータが一本化できず、大筋でのリサーチの統一が困難だからだ。しようがない事に消費の嗜好は実用、娯楽を超えて、実利化する。つまりは買っても売れる物しか売れないのだ。この状況はかつてもあったが、最早、個人の努力を超えて政治的である。無能な政治家が繁殖し過ぎたのだ。誰かが何処かでくしゃみする。これは繁殖に掛かっている。我々につばきを引っ掛けるな。しかしこれは言う間でも無く我々国民のせいである。そして遂には浦島の食べるものも、着るものもすべては中国製になった。

. 世界の工場はオリンピックなどよりも俊敏にローテーションする必要がある。それはベトナム、インドを経由し、アフリカへと到達しなければならない。そしてまた衰弱した先進国へもどる時には、平均的品質(科学的、企画的、デザイン的)レベルは螺旋的に高級化するだろう。なぜなら、それが文化というものだからだ。

. iPodからはDire Straitsの古めかしいSultans of Swingが聞こえている。

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. 080429

. そんな確信を持って浦島は、かといってそれを表には出さず隠しつつ、革新的な仕事を模索していたのだが、猪俣が生きている時ならともかく、すでに気軽に金に糸目を付けず庭でも造らせてくれるパトロンも無く、お気楽な時代は終り、世の中は全体が深刻な方向へと移動して行くように思えた。

. それに反して小春日和が音も無く移動して行く海辺の公園のテラスの吾妻屋で、ついうとうとしてしまった浦島は、突然耳もとで大きな音を感じて覚醒した。

. 今の音は何だったのかを確認しようとして、廻りを見回した。それは耳もとで電話の音が鳴ったように大きな音で、かといって持続音ではなく、シシおどしのように単発的な単音であり、外音ではなく体内音が拡大したもののようにも聞こえたのだ。携帯電話も鳴った記録もない。続いて周りの雑音が意味を帯びた声のように聞こえて来た。

. 「止まるな、動け・・・」

. 浦島には確かにそう聞こえたのだが、果してそれが物理的音声記号であったのかどうかは、第三者がいないし、寝起きのぼんやりした精神状態だったので分からなかった。とにかくそれは男の太い声であった。いや大勢の群集の声のようにも思える。

. 「う〜ん〜?」

. 海の水平線に見える沖の半島のぼやけた裾を見つめながら浦島は、まだ寒き春の日溜まりに抱きすくめられながら浦島は、確かに流れない水が腐るように、動く事が生物の掟であるように、この停滞から起きて、手痛い現実を恐れずに、あるいはこの場から歩き出て行かなければならないと思った。

. とにかく結果はどうであれ、純粋性に少しでも近づいて行かなければ後で後悔し、成果が汚れたものになる事は分かっているのだから。聖火が止まらないように、それは一刻も早くリレーされなければならない。それはせっかく遠くの異国の神殿から運ばれて来たのだから。

. 浦島は吾妻屋から出て歩き始める。

. そこに携帯が鳴った。

. なにやら浦島が誰かと話し始める。しきりに遠くの人にお辞儀をしている。相手は故人で友人の猪俣の相続代理人の弁護士だった。浦島はこの海辺の半島の小学校からの幼馴染みで金持ちの独り暮しだった友人の猪俣を、最近亡くしていた。詳しいいきさつは小説「ゆめつなぎ」6aで話した事があるが、とにかくそこの弁護士に呼ばれたのだ。葬儀の時、名刺交換していて面識があった。

. 「ええ、とにかく行きますよ。目と鼻の先にいますから。」

. そういって携帯を切って公園の駐車場の方向へ進路を変え、小走りで歩き始めた。今までの瞑想的な動作は素早く変換された。

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「delicate boll」 そらしま作

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 猪俣の屋敷の様子は浦島はよく熟知していたのだが、猪俣からは彼がじいさんから相続してからの事は固く口止めされていた。建築の趣味があった猪俣は、じいさんの趣味である重厚な和風建築をことごとく壊してしまい、浦島には何とも形容しようのない建物を勝手に有り余る財産を散財して造っていたのだ。なぜ人に言ってはいけないのかは聞く機会を逃してしまったのだが、恐らく浦島から見てもその屋敷はへんてこなものであったので、周りの人やマスコミなどの騒ぎになるのが嫌だったのだろう。浦島は古くからの友人である猪俣に改めてそれを聞くのも野暮なことだと思っていたのだ。

. 葬儀以来5,6年ほど、入院していた事もあり、そこへは入った事がなかったので、浦島は突然の招待にびっくりしたが、実は本当に自分を呼んでいる正体は猪俣本人のような気がして、なにか法事にでも出かけるような気になっていた。葬儀は浦島が入院する3年前だったが、あれからもう10年近くの時が流れて、浦島も40にとしが届こうとしていた。猪俣は5才年上だったがとっくにそのとしを追い越してしまった。いまさら弁護士がなんの用事かは分からなかった。葬儀の時も大金持ちにしては10人足らずの質素なものだったし、じいさんも孤高で、遠縁の猪俣を養子にしたことからも分かるように、親戚付き合いはまったくなかったように思われたので、ひょとして浦島に孤独な猪俣の墓の世話でも、疎遠な親戚に替わって頼まれるのでは無いかと思った。それならそれで一向に浦島には辞退する理由もなかったし、むしろ親友として当然の事のように思ったのだ。

. 丘の上の広いレンガ塀で囲まれた敷地の正門前の駐車場には弁護士のものらしいベンツが止まっていた。浦島も自分の軽自動車をそこに止め、郵便ポストのある中門まで歩いた。中門までの道の両側もレンガ塀で庭の様子を伺い知る事は出来ない。

. 使われなくて苔が生えそうになっているインターホンを押して声を掛けた。

. 「あー、浦島といいますが、・・・」

. ガリッツ!と音がして中門の鋳物のロックが解除された。

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. 「どうも、弁護士の磐田です。」

. 「へぇ〜、あまり当時と変っていませんね。きれいになってますね。」

. 浦島は家の中を見回してそう言った。

. 「ええ、普段は管理会社に監理させていますから。親戚の方々もそれぞれに家庭や家をお持ちで、ここへ移られる方もいないのですよ。まあまあ、立ち話もなんですから応接間のほうへ。」

. そういうと磐田は蟹のように横向きで歩いてドアを開け、浦島を中へと誘った。

. 「いやぁ〜それでですね、ちょっと薮から棒ですが、お話というのは他でも無いこの屋敷の事なんですがね。猪俣さんが生前、公証人のほうに作られていた書面によりますと、万が一、不慮の事故があった場合の遺言の項にこの屋敷の不動産に限り、友人の浦島さんに敷地内にある祖先の墓と法事の管理を条件に譲り渡すという一文がありまして、親戚の方々とも協議して判ももらってあるのですが、その報告が今日まで遅れたのは特例条件として、あなたが40才になる本年の4月19日を持って執行すること、とうたってあった訳で、はい、それできょうのこの日にお電話を差し上げた訳です。ええ。」

. 弁護士の磐田はペットボトルのウーロン茶を、浦島のバカラのカットグラスらしいものの中へ注ぎながらそこまで一気に話した。

. 「はあ、といいましても私はあかの他人でして、相続なんて出来るんでしょうか。それにこんな広い屋敷、メンテも相続税も大変でしょう。」

. 「法的には可能でして、はい。猪俣さんの不動産はここだけではありませんで、横浜の方にも沢山貸していた土地がおありでして、はい、そちらの方は1/3は売却して残りは親戚で分配致しました。ここは田舎過ぎてだれも欲しがらない訳で、第一この建物では売る訳にもいきませんからね。横浜の売却した土地のお金は税金と相続の経費に使います。沢山の株券も親戚の方々で分けました。なので親戚の方は心配ありません。この物件自体に興味がないようです。」

. 「へえ〜、興味がないんですか。」

. 「猪俣さんはどうも自分の建築に興味をお持ちのあなた様に譲りたかったようですよ。疎遠な親戚よりも。」

. 「はあ、理解といってもあのぅ、そのぅ、大した事ありませんが、そうですか、それで建物の維持費なんかはどうなるんでしょうね。わたしは歯牙ないフリータ−のような者ですし、これから死ぬまで管理して行く自信も無いわけでして、はい。」

. 「心配ありませんよ浦島さん、年間にして1000万くらいのお金は付いてきますよ。土地の相続とはいっても結局はお金を頂けるという事ですよ。こう言っては失礼かも知れませんが、ある意味あなたの今の生活でしたら、もう働かなくていいという事ですよ。私でしたら無条件でお受けしますがね。どうですか、考えておいてください。一週間くらいでお返事が戴きたいのです。私も何時までもこんな田舎に居られませんから。通うのも大変ですし。こう見えてもそこそこ忙しいのですよ。」

. 「はい、分かります。それで墓の管理とか法事とかが条件にありましたが、そちらの方は。」

. 「それも、便宜上書かれていたものと御考えください。猪俣さんは無宗教で、親戚の方々も行ってもいらっしゃらないと思いますよ。冷たいもんですよ事務的で。猪俣さんとは血の繋がりがある方は生きておられないのです。唯一の条件は建築や庭を壊さない事だけです。」

. 「分かりました一度頭を冷やして考えて見ます。」

. そう言って浦島はウーロン茶を一気に飲む。なんだかきつねに摘まれたような話しで、体が熱っぽくて咽がカラカラになっていたのだ。

. 「それじゃあ、そう言う事で一つ宜しくおねがいしますよ。」

. そう言って磐田は忙しそうに携帯で東京の自分の事務所らしき所に電話を始めたので、浦島は気を使って立ち上がった。磐田は電話しながら浦島の方にお辞儀を繰返している。浦島も数回丁重にお辞儀をして玄関を出た。

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. 090430

. そんな事があってからというもの、浦島は当然その事ばかり考えていた。最早、仕事の事など、どうでもよくなってしまった。相続する事自体が仕事になる可能性が出て来た。そして何よりもこの事は猪俣が自分に何かを遣らせたがっているのだと思うようになった。

. いつも考え事をする時に来る海辺の公園の吾妻屋で、今日もその事を考えていた。

. 猪俣とは親友とはいっても、まるっきり同じ人間であるはずもなく、まして心の中まで知り尽くしている訳でもなかったのだし、第一、猪俣と付き合っていたのは自分が病院へ入る前で、まだ霊界とやらのことも分からず、普通の友達としての関係であって、猪俣の事を霊的に読み取っていた訳でも無いので、それはほんとうに一般的な友情に過ぎなかったからだ。しかし少し霊的な力が芽生えた心で当時を振り返って見ると、確かに猪俣には霊感のようなものを持ち合わせている気配があった。何か自分には分からない使命感のようなものを持っていた。

. 「猪俣は自分を火宅の作業から解放してくれて、一体何をさせようとしているのか。自分が精神を病み入院したのも、自身の離婚や周りの色々な問題が一気に押し寄せて来たこともあったのだが、その中でも猪俣の突然の死が大きな要因になっていることは確かなのだ。今思えば猪俣が自分の人生の大きな流れを作っていたとも考えられるのだ。そして今、またもや猪俣は死んでからも私を誘導しようとしている。」

. そこまで考えた浦島は、カモメが直線に並んで浮いている向こう側を、貨物船が一列に並んで、東京湾を後にして浦賀水道をすべって出て行くのを見つめていた。

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このページへの霊的リンク

1
アンコ椿は恋の花 都はるみ アルバム「風雪夫婦花」

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2
Sultans of Swing  Dire Straits

アルバム 「Dire Straits」

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3
Down to the Waterline Dire Straits

アルバム「 Dire Straits」

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● ただ今かかっている曲はそらしま作の「東京0階のテーマ02」です。

(GarageBand 打ち込み、サウンド・コラージュ、エレクトリック・ギター、尺八、三味線、シンセサイザ−・ドラムス等の演奏は そらしま)