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小説   ゆ  め  つ  な  み

.第一章

エピローグ epilogue

04

東 京 TOKYO 0 FLOOR 零 階
by SORASIMA

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のそのそと 音づれる 東京不音

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. 080510 

. その物体の一種の金縛りな力。 

. 人にはそれぞれフェヴァリットなオブジェというものがあり、それはその人の霊域に入り込む力のある物体だ。人によりその物体にはそれぞれに美学的な法則があり、その方程式がその人のセンスと言われるものだろう。 

. 浦島がこの茶碗に引かれるのは理論ではなく感覚であるのだから、言葉でこれを表すのは難しいが、とにかくこれは日常を離れたものであり、かといって用途を持っていて、なおかつ飛び散るような色彩の乱舞が突然浦島の霊域に侵入して来たのだ。

. これにはまず職人が必ず落ち込むドグマ「うまいと言われたい」が無視され、それはそれとは異なる方向を向いていた。それは現実から少しだけ浮いている。本当の物を浮遊させる魔法とは物理的浮遊ではなく、このように天使の羽根が象徴するような非日常的な物体の制作であり、かといってそれは日常をも離れず、グロテスクではなく無拓に輝いていなければならない。

. そのようにそれは浮遊していた。

. それは稚拙に見えるかも知れないが、それをも含めて聖なる物体だった。幼児性は純粋性でもある。

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. そらしま作 0805

  「蒼いうさぎ」

  

. 浦島にそこでの思い出がもう一つ蘇って来た。それを見た時ある物語が頭に浮かんだのだ。その茶碗の色が春がすみの中を歩いている二人の男女のシルエットを連想させ、聞こえている音楽も何か気軽な旅行を引き出して来るものだったから。それは鎌倉がまだ江戸時代の頃、そばやを営んでいた娘の話しだった。

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. 辰狐はここで店を開いてからかれこれ10年になり、廿四、五の娘盛り、すっかり絣の店着もいたにつき、商いもしっかりっと肝入、気も入って安定した日々を送っていた乃でございました。

. しかしそれは何時も空蓮在って乃心の安らぎ、片時も空蓮の光明が暮れて行くこと波無かった乃でございます。

. ですが十年も店を遣り続けると、辰狐の店を真似た同業からの横やりも入ったり、客層も入れ替わり、ラーメンの味もマンネリになり、老舗になって観光客は来てくれる乃ですが、その分売り上げもばらつきが目立ち、辰狐もこの壁を乗り切る勘考をしなければならない今日この頃ではござ以ました。

. それに辰狐も年頃で、以つまでも少女のようにイマジナリーな空蓮を待ってば加りもおられず、そろそろ将来の事を考える時期が今来ている乃では奈いかと思い、板前のかわりに毛なる以い男でも見つけ奈ければと、秘かに思案して以た乃でございます。前にもそんな男も居たには居たのですが、其の時はまだどうしても空蓮のことが忘れられず、どう志ても本気に成れず、その関係も放棄した乃でござ以ました。

. 辰狐は自分の身の上もあり、身寄りの無い飢えた子に事の外弱く、八幡様の境内の見せ物小屋で使われ天いた女の子と男の子の兄弟を貰い受け、店で使って居たのですが、男の子のほうは十にもなると一人前に仕事も出来て、辰狐が留守でもちゃんと店番も出来るようになっ天いたのでござい末した。この頃はまだ労働基準法なるも乃もなく、子供も労働する事は当たり前で、過酷な仕事を親に強い良れる事も日常茶飯でしたが、辰狐は自分の郭での生活を思うにつけ、子供には出来るだけ伸び伸びと夢を持って生きていて欲しいと思って、下こしらえが終った時や、自分が居る時などは出来るだけ自由にしておいて遣ろうと思っていった乃でございます。この当たりは毎日が縁日で、八幡様の境内は広く、子供にはもって己いの遊び場でありましたので、辰狐も兄の方に弐銭参銭を握らせて、送りだして也れば後は安心して居られた乃でござ似ます。

. そんな日が続いていた頃、辰狐にも思い掛けない事が訪れた乃でござ以ます。

. その日は重い雨が低く降り、表の乃れんを取り込んだ時も、辰狐の額にひ太ひたと、濡れ手に泡の客足では、今日の仕事も間に合わぬ、四国廻りじゃぁあ留まいし、必ずまいら似ゃぁならぬ日は、今日で無くとも良い訳と、客も通らぬ店構え、ここ乃とこ呂は休むと決めて、心の舞でも静かに前じ、ひょうたん池の蓮と鯉、ななめを通る色男、

. 「おいおい、そこのお前さん、そん奈に濡れては折角の、前髪乱れて台なしだ、粋な若衆の名が廃る、着流し気長に乾かすために、ちょ以とうちへと寄っとくれ、タバコでも吸っていきなんせ」

. と、辰狐は持ち前の、団子屋の客引き言葉が顔を出し、その若衆を店の中へと引き込んだのでござ以ます。

. 「あらあら、こんなに濡れている」

. 辰狐は絞りの手ぬぐいで、嫌がる若衆の背をたたき、ぐ以ぐい手を引き机に据えて、

. 「まあまあ、今日は客も無く、そろそろ店も閉めようと、思ったところへお前さん、見つけてここに座らせて、今日はわっちも手持ちぶさ、一つおごりで一杯やって、ひと時話し相手になって、おくれでな以かい色男」

. 「へぇ〜、これは己れはのおまねき猫を、断る事も野暮なこと、ここは急ぐ足でもな以ところ、禊ぐ神前の身でも無し、一杯やって雨でもしのぎ、そのうち晴るる春が来る、野が暮れかかる其の頃は、雨も上がって日本晴、ここのところは女将の宿木、腰を落して掴まって、お相手でも以たしましょうや。」

. そんな己とから辰狐と若衆、店を閉めての酒酌み交わし、世間の川州の長話、カラスが鳴いても聞こえぬ振りと、降り出す雨にかこつけて、いまさら格好もつけられぬ、店の片隅こどもは二階、苦い酒にならぬようにと、飲み始めてしまった乃でございます。

. 「それで、ところでお前さん、名は何と言いなさる、見れば社前の町衆と、一味違う伊達姿、八幡参りのおのぼ利さんにも、見えぬ前髪、若衆姿、江戸の町から山越えで、雨に打たれて来なすったのかえ」

. 「いえ以え、あっちは浦賀の生まれ、おやじは漁師で漁に出て、大風、大雨流されて、助けられたはバテレンの、メリケン国の大船で、言の葉通じぬ日々五年、船の中での下働きで、覚えた言葉はバテレン語、十年たって帰った故郷、あっしに教えたバテレン語、お上の助けに使おうと、浦賀の関所で通訳仕事、たまに呼ばれて行く以外、取り立て仕事もあるじゃ奈し、女将さんこそ女手商売、さぞや苦労も多かろに、はまぐり甘露煮名物も、造り上げての大商い、人手足りぬし猫手も借りたや繁昌振りで、結構、結構、一番鶏の、早いもの勝ちの大当たり、たいそう羽振りもよさげですねぇ」

. 「それで、ところで、お前さん、名はなんと言いなさる」

. 「これは以けねぇ、失礼しやした。あっしは浦賀の洋次郎、以後なにかの用の時、お見知りおきで、声をかけ天おくんなさ以よ」

. さてさて、二人の馴初めは、出会いの様子はこのようで、若い心は通じ合う、一目見た時お互いに、引かれる何かのなつかしき、何時かの夏に見送った、身をくねった待ち合わせ、今この時に果さんと、燦々と降る雨よけて、しっぽりかわす見合い酒、それでもまだ末だ心の手綱、心の駒を引き寄せて、さぐるは互いの心の根、さてさてこれ良りどうなる事か、続きはまたの浦島の、妄想待ちの待合の、夢のまた夢、寝入りばな、花を咲かさん恋の花. チョン!

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. 妄想中の吾妻屋の浦島に携帯が鳴る。

. 「シマ、元気にしてる?一太郎だけど」

. それは所沢のおじからだった。 

. 「ええ、こちらから電話しようと思ってたところでした。実はちょっと大変なことが。おばさんも路ちゃんも元気なのかな。おじさんの仕事はうまく行ってますか。」

. 浦島のおじ高瀬一太郎は70才になっていて傾いていた印刷屋も縮小整理して隠居生活的骨董屋のような事を遣っているようで、相変わらずの脳天気。おばも入退院を繰り返しているようだが、元気は元気だという。いとこの路子といえば、31になり、一度離婚して今は独り住まいのようだ。すべては平民的おだやかさで進行していた。

. 「おじさん、実はね。今ね、ある死んだ友人の遺産相続の話があってね、おじさんにも相談に乗って欲しいんだね、弁護士なんかも紹介して欲しいしね。」

. 浦島はなにげなく言ったつもりだったが、一太郎は変に乗って来て、屋敷の大きさや、付いて来る金の金額を聞いたとたんに、明日にでも横須賀の方へ来るという。

. 「シマ、とにかく行くよ。電話ではなんだから。お前一人じゃぁ大変だろう。相手の弁護士にうまく丸め込まれるのがオチだよ。」

. 浦島はいつまでも子供あつかいされているのにうんざりしたが、おじは遊び友達でもあったので、根本的には信頼していて、本気で彼に相談しようと思っていたのだ。

. 一太郎と浦島は歳も20才も離れて親子のような世代どうしだったが、浦島の父親の兄という関係よりも、もっと妙に波長があって、おじは砕けたところがある遊び人という以上に、霊友とでもいいたい、ある価値観の共通性があって、浦島が絶対に譲れないと思っているところは、一太郎もそのように譲らず、世間で絶対視されているものは、簡単に両者とも手放してしまうのだった。

. その共通性が何処から来るのかは浦島には解らなかったが、おそらく頭の演算時のデータ共有のような、一種の肉親としてのブランド間のLAN性があるのだろうと思っていた。

. そんな一太郎だったので浦島は一度物件を見せ、意見が聞きたかったのも事実なのだ。

. しかし、人間と言うのは自分で善人だと思っているほど善人ではない。コンピュータに善人も悪人もないように、狂人に善悪がないように、それはどうにでもなるのだ。それはある意味しつけによるクセなのだ。そのクセはショックにより変換しうるので、我々はいつでも悪人になりうる。そんな心配も心の何処かを過る浦島ではあったが、あまり考え過ぎても世の中は廻らないし、深いところからは浮いている事にしたのだ。

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. 080512

. 次の日の午後、一太郎が浦島のマンションの部屋に来た。

. 浦島は親の家からは離れて独り住んでおり、2LDKの部屋にいたが、駐車場は一台分しかないので、一太郎に車を少し離れた小川沿い道に止めるように指示した。この辺りは5年住んでいても駐車違反の取り締まりは見た事がなかったから。

. 「大丈夫だよ、おじさん、ここは。」

. 浦島はそう言って、おじを部屋へと上げた。

. 「なんだ、シマきれいにしてるじゃないか。」

. そういうと一太郎は奥のたたみの八畳の部屋であぐらをかいた。

. そこで浦島は事のすべてを話したのだが、それでも一太郎は信じがたい顔をしていた。

. 「おじさん、はじめは僕も信じられなかったんですよ。でも後日、弁護士から送られて来た契約書類の写しをみると、やっぱり本当なんだって思い直してね。」

. 「ああ、分かるよシマ、人生には思い掛けない事が起るからね。人生設計なんかほとんど無駄だって事がその時分かるものさ。」

. 「それでおじさんだったらどうします?」

. 「もちろん、ありがたく頂くさ。断る理由もないだろう。お前もいい友達亡くしたね。生きていたらもっといいものくれたかもしれないな。家をくれたくらいなんだから。」

. そんな取り留めも無い一太郎の会話の中で、浦島は相続の決意を固めていく。一太郎の帰った次の日、弁護士の磐田に連絡をとった。

. 書類制作は思ったより簡単で浦島は拍子抜けして帰って来た。

. その日から、浦島は猪俣の家での生活の計画をいやがおうでも迫られる羽目になった。しかし、一太郎が言っていたように、計画は一種の願望でしかなく、その場しのぎを避ける方法ではあっても、けして成就されず、偶然的要素が大筋を決めて行くスクリプトに乗らなければならない事は、初めから分かっているのだ。

. それでも計画は為されるのだ。出来るだけ合理性を引き寄せるため、出来るだけ災難を避けるために。

. 辺りは何時の間にか暗くなっていた。浦島のマンションは3Fで、東京湾が見え、夜は対岸の明りが海の宝石の縁飾りのように見えた。

. 080518

. 数日後は台風が行った後で海は白く撹拌され、日の当たり様によってはエメラルド色に見える。

. ウィンドサーフのオフィスの目印の旗はボロボロに千切れ飛び、かもめもうみねこも吹き飛ばされて何処かへ行ってしまった。

. 浦島は退院後、引き受けていたCADの図面の仕事を断るために横須賀の町に出て、設計事務所に行き、ついでにドビュッシィーのCDを買った。そのCDを聴きながら海沿いの道を車で家に向かった。猪俣の家へ引っ越すことが決まったので、あれこれとしなくてはいけない事が出来たのだ。

. ところでドビュッシイーについては浦島には一言いっておきたいことがあった。

. 浦島は子供の頃からドボルザークが嫌いだった。

. 理由は自分でも分からなかった。しかし学友達の多くはドボルザークが好きだった。クラシックで人気があったのはドボルザークだった。浦島はドボルザークよりはストラビンスキーだろうと思っていた。

. 「なんて土臭いメロディーだ。」浦島は学友達の好きな「新世界」を聞いてそう思った。それは当時、流行だった、インド、中近東の旋律のフォークロアのオリエンタリズムとも、違ったセンスだったからだ。

. しかし、最近それがどうしてなのかが分かった。

. ドボルザークは薔薇十字会員としても有名だったから、その神秘主義は浦島の頭にあったのだが、その音楽は敬遠していた。ようはダサイと思っていたのだ。

. 浦島はドボルザークよりはドビュッシィーだろうと思った。しかしドビュッシィーもあまり好きではなかった。

. ドビュッシィーは5音階を多用している。これはドレミの7音の全オクターブ周波数を6で割った音階で、沖縄音階や童謡に共通する5音で、ピアノの黒鍵だけで弾ける音階である。これを全音音階と言うが、これは短調とも長調とも言いにくい曲調で、もやっとした感じを醸し出す。ピアノのベースの旋律音もペダルを使って音をこもらせて、ガムランの雰囲気を出そうとしている。

. ドビッシィーは単純に言うと和音も3和音から真ん中の1音を抜いた音を沢山使っている。これは3和音と比べるとぼやけた和音として聞こえる。また属7の和音という不協和音も多用する。両方が併用されて全体が水墨画風なのだ。

. なぜ浦島が子供の頃、ドボルザークやドビュッシィーが嫌いだったのか、この理論解析を昨日、TVの音楽番組で見た時に彼は理解したのだ。

. それは演歌くさい旋律にあった。

. 西洋人が聞けばオリエンタリズムかも知れないが、日本人が聞くとあまりにも土着的な旋律なのである。

. これはストラビンスキーなどのオリエンタリズムな旋律とは似て非なるものである。ドビッシィーは音楽的コンセプトを初めバリ島のガムラン音楽を聞いた時に着想している。おそらくガムランを譜面にして研究したのだろう。それは単音が複雑に絡み合う宇宙で、全体としての和音化と言ってもいいものである。西洋の和音に対して東洋では単音を重ねないでずらして来た。

. これはドビッシィーやドボルザークの演歌性とでもいうべき東洋性で、浦島がドビュッシィーを無意識に嫌いだった要因だったのだ。

. 日本人が聞くとあまりにも俗っぽい旋律だったのだ。これは反転すると日本の中に愛好者が多い理由になる。

. 浦島はそのような理論を組み立てて見て客観性を得て見ると、ドビュッシィーが段々と好きになって来たのだ。

. 元々、ドビュッシィーには宗教的波動があるのは分かっていたし、たとえば前奏曲集 第一巻,第ニ巻の題名が示すように、それはそれだけで神秘主義への傾向があり、幻想的である。

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ドビュッシー 前奏曲第一巻

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1)デルフォイの舞姫
2)帆
3)野を渡る風
4)音と香りは夕べの大気のなかに漂う
5)アナカプリの丘
6)雪の上の足あと
7)西風の見たもの
8)亜麻色の髪のおとめ
9)さえぎられたセレナード
10)沈める寺
11)パックの踊り
12)吟遊詩人
13)霧

ドビュッシー 前奏曲第ニ巻

1)枯れ葉
2)ビーニョの門
3)妖精たちはあでやかな舞姫
4)ヒースの草むら
5)風変わりなラヴィーヌ将軍
6)月の光がそそぐテラス
7)水の精
8)ピックウィック氏をたたえて
9)エジプトの壺
10)交代する三度
11)花火

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. である。

. ドビュッシィーが影響を受けたバリ島のガムランも二種類の5音階で出来ていて、主人公的楽器の銅製のシロホンは何台かが微妙にずれたチューニングがされており、それによりうねりが表現される。さすがにこれは西洋音楽には導入不可能な曖昧な音程であり、ドビュッシィーも譜面には書き切れない。しかし音楽の霊性とはこういった部分に表出するのだ。同じ譜面の演奏でも奏者により全く違った曲になるように。

. 音楽の無意識に限らず、絵画でもその無意識は作者も分かって無い事が多く、それは精神科医がクライアントの描いた絵を分析するように、全く第三者の目が必要となる。

. これは浦島の勝手な独断だと思うが、ドビュッシィーの上記タイトルには「錬金術の旅路」の匂いがすると彼は思い込んだのだ。

. 一巻は錬金術の小作業、ニ巻は大作業である。2-10は三位一体が回転する。ラストの2-11で生命的な爆発が起る。浦島は薔薇十字会員でもあるドビュッシィーが、単なるロマンティクなお話を表現しただけとはとても思えないのであった。その真相はともかくとして、ここで言っておきたいのは浦島が今は強烈なドビュッシィーファンであると言う事である。しかしドボルザークに関しては相変わらず嫌いなのであった。それに関しては演歌っぽいにもほどがあると思っていた。

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. そらしま作 0804

  「新世界」

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. 浦島の家が近づき、海沿いの国道から民家の密集する小道へと曲がって、今は盛りのささやかなガーデニングの花々の中を通過している時、二子用乳母車とすれちがった。

. 浦島が二子と目があったその刹那、デジャヴに襲われた。2,3分そのまますべての視覚的、聴覚的現実が過去の記憶として感知された。

. その感覚については浦島はとくに霊的なものだとは思っていなかった。それは単に脳の記憶システムの誤差動であると。しかし、誤差動そのものが神秘であるとしたらどうだろう。

. 浦島にはそういった思考も頭をよぎるのもまた事実だった。誤差動を起こす要因そのものが何かを考えて見る必要も確かにあると思ったのだ。

. 生理の物理的メカニズムが解ったところでそれは現象の真の本質的解明ではないのだ。

. そういった意味では世界は小さな出来事の集まりの神秘で出来ていて、神秘に見える事が日常的で、日常茶飯が大いなる神秘かも知れない。

. 浦島は最近、朝起きてすぐに二度地震を経験した。

. その後、中国の地震が起き、それとその経験をむりやり結び付ければ、それは予言的な材料となっているが、その事よりも、そのデジャブにも結び付くダブル性に何かあると浦島は確信していた。

. そのダブル性は共時性をも取り込んでいる構造なのだ。

. 現実や夢で、二度リーチが掛かる事は三度目の物理化を予言的に意味していると浦島は信仰していたのだ。

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. 080521

. それから暫くして浦島に移転する日が来て、家具など、ほとんどどうでもいいものばかりだったので、思いきってリサイクルショップを呼び、ゴミ代無料と引き換えに持って行かせ、自分の軽自動車に積めるくらいの書類やら、パソコンやらを積んで、弁護士の磐田の待つ猪俣邸へと出かけたのだ。

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1
ドビュッシー:前奏曲集第1巻/第2巻 ベロフ

CD

2
Bali: Gamelan & Kecak

デイヴィッド・ルイトン収録

CD

御意見、進行についての御希望などお聞かせください。

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● ただ今かかっている曲はそらしま作の「東京0階のテーマ04」です。

(GarageBand 打ち込み、サウンド・コラージュ、エレクトリック・ギター、尺八、三味線、シンセサイザ−・ドラムス等の演奏は そらしま)