美術評論「 棚からターナー 共時性の絵画論  (up 20170128~)

宙州光垂  Sorasima Mitsutaru 著

           04    廃飾配色

 

              

              

   
 

         ジョセフ・マロウド・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner 1775−1851) 

1799年、24歳にしてアカデミー準会員、1802年、27歳でアカデミー正会員。この頃の自画像。カンバスに油彩

   
 

 

 さて、それではターナーは色彩についてどう考えていたのかであるが、ターナーの多用する黄色や山吹色、オーカーなどの黄色系の顔料はお手伝いさんによって毎朝、朝食のように用意され、ターナーの着席を待っていたのである。当時ターナーは世間から黄色の多用のため黄疸にかかっていると揶揄されていた。ターナー自身も友人にも手紙でこのことを卑下して「出来るだけの黄色の絵の具を瓶に詰めてくれ」と書き送っている。このような事情からも大量のオーカーなどの顔料が助手の手で制作されていたに違いない。

 というのは当時はまだ油彩顔料は日本画のような鉱物を砕いた粉に油を混ぜて練り上げる必要があったために、極めて面倒な作業を絵を描く前にする必要があり、裕福な画家はそれらのことを助手などに任せていたと思われるのだ。前に述べたように水彩画の絵の具はすでに携帯用が販売されていたのだが、それまでは水彩も油彩と同じように鉱物を砕いて絵の具を作っていたのである。このことは東洋の書道の世界などでは未だに行われている。墨を擦る事は作品制作に入っていく一種の瞑想であり、極めて重要な儀礼であるという事なのである。西洋では早々とこのような精神性は失われている。そして西洋の近代芸術は精神性とは別のアプローチ、芸術概念的追求に突き進んでいくのである。

 

  

NO.d01 国会議事堂の火災 1834年

 ターナーは数人の学生とテムズ川で船に乗り火災のスケッチ10点を制作している。このころのタイナーの十年間は傑作を生み出した黄金期であった。しかし世間での評価はそれと反比例して、形が融解してゆく作品に対する評価はさんざんだった。

 

 

 

 さて、ターナーは実験的に濡れた紙の上にこの顔料の粉を蒔き、色が滲んでいくのを見守って大まかな構図を完成させている。私も自分の作品の色を選択するにあたり、その選択から出来るだけ自由でいたいためにこの手法を使っている。つまり制作時の色の選択は、作品にとって極めて重要な要素であり、ある種のセンスや雰囲気、重苦しさや爽やかさを司る、ある意味女性的な創造性の霊界と結びついているのだ。画家が一度塗った色の上に別の色を置き換える事は制作時にはよくある行為であり、それはサインする直前まで悩み抜かれる重大な選択事なのである。このことから自由になるのは素晴らしい解放であり、経験上、人智を尽くした配色選択より自然に任せた方がハイセンスなものが出来上がることが多いのである。この手法は色調のみではなく、形象も構図も共時的に出現させることでもあり、私の他力本願的な明け渡しの絵画論、共時性の絵画の色彩論にはもってこいの手法を、すでにターナーは思考し準備していたのだ。

 私は過去和服の染色のデザインに従事していたことがあり、染色現場の大方の作業を見聞きし経験もしたので、染料については多少の知識があるが、この手法は染料以外には考えられないのである。蛇足的な説明になるが顔料と染料の違いは顔料は紙の上に糊(メディウム)でくっついているだけに対して、染料は紙(素材)に染み込んで食い込んでいるのである。例えばパステルなどの顔料を粉にして振り掛けても綺麗に混ざり合わず、紙に食いつかず、スマートな効果は得られないのである。今はTシャツを染める程度のものは手芸洋品店で入手できるが、専門的なものになると染料問屋から取り寄せることになる。そこでこれを使った作品が下記のものである。色彩は作為性を超えて出現する。しかしここでも又私の心的状況とそれは共時的に接続して現れてくるのだと思われる。

 

   

  

NO.d02 そらしま制作の染料を使った作品 2017年  

 フォルムも色彩もまた出てくる他者である。染料は画面で混ざり合い非作為的な色を出現させる。 

 

 

 

 さてそこで本題のターナーは錬金術的色彩論に傾倒していた節がある事についての考察に入っていこう。初めに書いたようにターナーのもっとも高尚であると思い込んでいた色は黄色なのである。

 1840年にゲーテの「色彩論」が画家イースト・レイクによってドイツ語から英訳された時、ターナーはその本を入手し、何箇所もの書き込みをして研究、熟読していた痕跡があり、その理論を絵画化しようとしている。それらのシリーズは円形の渦をなした天地創造のような神話的な風景で、もう少し進めばユング言う所のマンダラ化するものである。

 ターナーは時代ははっきりしないがかなり若い頃から、金属球に写った丸い風景に強い興味を抱いてその習作をを残している。それは彼がマニエリズムなどの異端の芸術に対する情報知識も当然頭の片隅にあり、自分の中でそれを消化しようとしていた事を証明しているかのようだ。

 ゲーテはご存知のように遅れてきた錬金術師的素養があり、一生を通して書かれた「ファースト」は無意識的な神話と言ってもいい内容である。だから当然彼の色彩論は錬金術的世界観に裏打ちされたマンダラなのである。ターナーもそのことに気付いていたはずである。そこで当然のように現れてきたシリーズは創世記の挿絵のような宇宙観を秘めた絵画だった。

 

  

NO.d03 当色彩の始まり(海上の日の出)1825年以降 

 写真記録の不可能な時代、ターナーのイタリア旅行での色彩のメモリーだと思われる。これらは数点ありサインも年代も無記載なのでタイトルは便宜上のものである。

 

 

  

NO.d04 吹雪、雪崩、洪水1837年 

下記4点はターナーのこの頃からの一連の黙示録的絵画。

 

 

  

NO.d05 太陽の中に立つ天使 1846年 

 タナーの晩年の作品で黙示録の一節がおそらく裏側に書き込まれている作品である。

 

 

  

 

NO.d06 光と色(ゲーテの色彩論)1843年 

  副題に「大洪水が終わった朝、創世記を書くモーゼ」とあり、明らかに旧約聖書を題材にしている。

 

NO.d07 影と闇(ノアの洪水の夕)1843年 

  中心に見えるのは方舟で、動物たちがそれを目指して移動している。この2点はペアで出品された。

 
     

 ターナーが光を希求していたのは錬金術と無縁ではないだろう。つまり聖書圏では神は光であると言われ、「在って在るもの」とされ、光で在るが故に闇を引き連れ、光の表現には闇を必要とし、そのことは神はルシファーに依存している言うことなのである。そこでは悪魔は神の神聖を保証するのである。そのようにターナーが初期から光をテーマにしたのは、まさしく神のヴィジュアルである光を、そのイエローを、最高の題材として確定していた事を意味するのだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Turnerd-d01

 左図

 火や火事は昔から画家の格好の題材になっている。画家の目では世間的な不謹慎を超えて、それが造形的神秘的に美として写ってしまうのだ。また火は錬金術には欠かせないメヂィアであり、 崇高な黄色の共演だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Turner-d02

 左図

 「私にとって配色はすでにお任せの占いのようになっている。それは自然を写す事を超えて自然そのものの事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Turner-d03

 

 鏡が発明される以前の原始時代から画家はすでに水面に映った風景に興味があったと想像される。それは芸術の本質であるデフォルメの非写実性なのだ。それは芸術の目指すものが、本来写真的な記録ではないことを意味している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Turner-d04

 

 パーソナルな写真器を持てない時代においてスケッチは外付けな記憶装置であった。個人のメモリーの覚書は夢の記録に似て、霊界の風景画でもあった。これは文字が非物質的な霊界世界を形成することと同じである。

 よくよく考えれば我々の現実は文字と画像で半分は出来上がっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Turnerd-d05

 左図 3点

 これらはターナの晩年の作で、遺作と言ってもいい終作的境地だろう。それはターナーが死を間近にしてその作品が東洋の曼荼羅に近づいていた事を意味するのだ。

 
                     by  Mitsutaru Sorasima  201702    
                  つづく    

 

このページの音楽仕様

 渦巻く海 2017/05

シンセギター

by Mitsutaru Sorasima

 

参考文献

 

タイトル 編集発行
1 ターナー展 1986年 国立西洋美術館
2

[知の再発見]双書128 ターナー 色と光の錬金術

2006年   (株) 創元社
3 世界の名画2 ターナーとロマン派風景画

1972年   中央公論社

5

世界美術全集 18 ターナー

1977年   (株) 集英社